【シウン】★
気を失ったノヴァーリスを背負うと、シウンは夜の闇の中を慎重に歩き出した。
発光していた緑の狼煙はもう消えかかかっている。
騒然としている城の様子に、町の者たちも物々しい雰囲気を感じ取っているようだ。
城門が開き、ダリアの兵がまた雪崩れ込むように町の中にまで広がる。
シウンはアシュラムから受け取った炉銀で馬を買おうとするが、すぐにダリア兵の巡回に見付かりそうになり、身を隠すことで精一杯だった。
城以外に配置されていたロサの兵士については、どうやら殺すつもりはないらしい。あくまで城の惨劇を知っている者の口だけを封じるつもりなのだろう。
何も知らないロサの兵たちは、ダリアに取って都合のいい城内の出来事を彼らから告げられ、怒りを表す者、嘆き絶望する者もいた。
「……!」
その時カタカタと回る車輪の音をシウンは聞き逃さなかった。
ダリアの兵から荷台を確認された荷車は、驢馬の歩調に合わせてゆっくりと町の門を出ようとしている。
これしかないとシウンはその荷台に乗り込んだ。
「すみません。貴方に迷惑をかけるつもりはないが、馬を買うことが出来なかった為、町外れの森まで向かって欲しいんです」
貧しそうな格好の男は、後ろを振り向いてぎょっとしていた。特徴的な三白眼が大きく見開かれ、シウンの隣に寝かせたノヴァーリスの顔を凝視している。
――流石に、バレるか。
だが男が小さな黒目をギョロギョロ左右に動かしている様子を見て、何か熟考しているのだと気付いた。
「……礼は弾みます」
「喜んで!」
やはり金銭に困っていたのだろう。
金貨の入った袋を見せると、男は嬉しそうに目を細め鼻歌を歌い始めたのだった。
暫くして町外れの森の入口にまで辿り着いた。
流石に入口では誰かに見られるかもしれないと、少しだけ中に入ってもらう。
「よし、本当にここでいいんだな」
「えぇ、助かりました」
シウンがノヴァーリスを背負い礼を述べると、男は小さく頷いてから黙って手を差し出した。
シウンは彼の手に金貨を二枚握らせる。とその手がそのまま男に引き寄せられた。
「っ!」
「あっぶねー!!」
ガァアウっとシウンに大口を開けて突撃してきたのは大きな狼だった。もし男が手を引いてくれなければ、背中のノヴァーリスか自分があの牙の餌食になっていたとシウンは焦る。
――それにしても……
ただの町人だと思っていたが、この男はただ者ではない。それほど見事な反応だったのだ。
グルルル……と低い音で唸り声を上げる大狼は、しっかりと狙いを定めているように二人を睨み付ける。
シウンはノヴァーリスを背負っているため、普段のように動けないことに少しだけ苛立った。
「……ったく、金貨二枚追加な!」
「は?」
指をピースしながら八重歯を見せて笑った男は、大狼の前に無防備に立ちはだかる。
グァアアッ!!
大狼が森を揺らすほどに咆哮し、太い前足で地面を蹴った。
「避けろ!怪我す――」
「ふんっ!」
「――る……」
飛び掛かってきた大狼の下顎に真っ直ぐ蹴り上げた足が直撃する。これにはシウンも呆気に取られた。
キャウンっ!!と短い悲鳴をあげ、大狼は森の奥へと姿を消す。
「ははは!どうだ、参ったか!このローレル様に歯向かうからだバーカバーカ!」
鼻を鳴らして彼は自慢げに振り向いたが、その顔はしまった……と言っているように見えた。
「ローレル、さん……で宜しいでしょうか?……何者ですか?返答によっては、こちらも考えなくてはなりません」
「い、いや、俺は……!」
冷たく笑ったシウンに、ローレルは焦っていた。
丁度その時だ。
馬の蹄の音が二頭分近づいてきたのは。
「シウン!ノヴァーリスと一緒か!よかった、なんとか無事だったんだな!!」
見覚えのある顔がシウンとノヴァーリスを見つけて嬉しそうに声をかけてくる。
「レオニダス様……っ!」
シウンも正直ホッとした。
レオニダスの領地までは時間がかかるのだが、それでもこの状況下で心許せる者に会えたことが嬉しかった。
「放置するわけにも行かないし、かといってここまで救ってくれた恩もあるし……」
「……はー……面倒ですし、ふん縛って連れ帰りましょ」
ひとまず得体の知れないローレルに関して悩んでいると、レオニダスの従者アキトが至極頑丈そうな縄を手渡してくれた。彼の提案のまま、ふん縛ってからこのまま連れていくことにしたのだった。