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夢現の青薔薇姫~アンデシュダール戦記~  作者: 如月 燎椰
第二章、争乱の幕開け
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【クライスラー】

 ――消えた……?


 クライスラーは暫くリドが居た筈の場所をずっと睨み付けるように見ていた。

 確かにリドはここに居た。痛ましいほどの彼の血痕が床に残っている。だが、リドは消えた。忽然(こつぜん)と、唐突に姿を消してしまったのだ。


「何を腑抜(ふぬ)けておるか。どうせ魔法使い(奴ら)の仕業に決まっておるわ。忌々(いまいま)しい。王族からアレが出るとは」

「父上……」

「もう放っておけ。どうせ二度と会わぬ。それよりも今は早々にこの事態を終わらせろ」


 クライスラーはスパルタカスの言葉に頷くと、兵たちに命令を下していく。城中のロサの人間を殺すこと。雇った盗賊共も皆殺しにし、女王ルドゥーテを始め、アシュラム、ノヴァーリスを見つけ出せと。無論、生死は問わないつもりだった。


 そして報告を受け、(ようや)くクライスラーたちは女王の部屋の前まで辿り着いた。

 三階に上がってから、やけに死臭が濃い。

 クライスラーは眉間に皺を寄せる。死屍累々(ししるいるい)と部屋まで続いていたが、おかしい。


「なんでウチの奴らがこんなに……っ!」


 後ろでジェシカが驚いたような声をあげる。彼女が驚いた通り、積み重なって転がっている死体は全てダリア兵だったのだ。


「あぁやっと話の通じる人が来たね」


 女王の部屋の中は酷い有り様だった。

 そして膠着状態だったらしい。


 クライスラー側に引き入れたギネがまず女王ルドゥーテを人質に取っていた。

 反対側では、気弱な日陰の王だった筈のアシュラムがグレフィンに剣を突き付けて人質にしているのだ。その横でアストリットが壁際に気絶している。


 ――いやそもそもここまでの死体はもしや……


 クライスラーとスパルタカスの登場ににこやかに笑って話しかけてきたアシュラムの様子から、彼だと直感的に思った。

 彼が全身に浴びたらしい返り血の染みも、アシュラムの持つ剣が錆びてきているのもそのせいだ。


「ふっ、能ある鷹は爪を隠す、か」


 クククっとスパルタカスが愉快げにアシュラムを見る。


「で、話とはなんだ?」

「君たちは僕たちを殺して、この出来損ないの王族を飾り物の王にしてロサを掌握(しょうあく)属国(ぞっこく)としたいんだろう?」


 今も尚ニコニコと無邪気な笑顔を浮かべているアシュラムにクライスラーは漠然(ばくぜん)とした恐怖を感じた。戦場ですら感じたことのない寒々とした畏怖(いふ)


「でも君たちの計画には少しだけ穴があるね。まず、女王を殺すことは悪手(あくしゅ)だ。そもそもこの馬鹿の一家だけを生き残らせて民が納得するとでも?」

「ひぃ、痛、痛いっ……!」


 アシュラムは(ねじ)り上げているグレフィンの腕に対してさらに強く力を込めた。


「この愚か者の評判はウチではとても悪いんだよ。だからきっとすぐ噂になるだろうね。グレフィン(糞虫)はダリア王と組んで王位を簒奪(さんだつ)したと。これってさ。王家にとって端金(はしたがね)とはいえ大金で雇った盗賊の仕業に仕向けたことに反するんじゃないかな」

「ふむ。だがそれはそなたの詭弁(きべん)だ。民は扇動されやすい者たちだ。今日まで讃えていた者を、簡単に明日罵倒することもできるのが民だ」


 クライスラーはスパルタカスの言葉に小さく首肯く。

 アシュラムが何と言おうと、彼らが絶対的劣勢であることは拭えない。


「確かにそうかもしれない。だけど君たちは兵を持って来すぎた。口封じの為に一人も逃すつもりはなかったんだろう。だからこそこれだけの兵の数が必要だった。が、それは異様な光景になってしまったね。王都中を囲むダリア兵。小さな疑惑はやがて大きな波紋を呼ぶよ?民は時に愚かかもしれないが決して馬鹿ではない。それに……もう既にノヴァーリスは君たちの手を逃れている」


 今まで笑顔だったアシュラムの顔付きが変わった。

 氷のように冷たい眼差しを携えた、怒りの表情だ。

 クライスラーは額と掌に汗をかいている自分自身に気づき、息を飲み込む。


「……確かに王女を逃したのは痛手だが、逃れ先はわかる。こちらも長い時間をかけて計画していたからな。匿った者も我々は必ず殺すぞ」

「うん。そうだね。ついでに大義名分も付ければいい。ノヴァーリス姫を誘拐した反逆者を殺すと」


 また満面の笑みでそう言い放ったアシュラムに、さすがのスパルタカスも閉口した。アシュラムの考えていることが全くわからないといった表情でクライスラーに一度視線を向ける。それはクライスラーも同じだった。


「だからね。言っているんだよ。この夜盗の襲撃は夫であるアシュラムが計画し実行したことだと」

「「?!」」

「あなた……っ!」


 ギネに羽交締めにされているルドゥーテの瞳から大粒の雫が零れ落ちる。彼女は自分の伴侶の考えがわかっていた。


「但し勿論条件がある。これだけは必ず守って欲しい。……決してルドゥーテを殺すな。手を触れることも許さない」


 雰囲気がまたがらりと変わる。

 一体この男は何なのだとクライスラーは震えた。


「君たちはただ、王位簒奪をしようとしたこの僕を大々的に処刑するだけでいい。女王は愛する夫の裏切りと娘の誘拐によって精神が錯乱したことにし幽閉すれば、権力は君たちのモノだ。それにこの馬糞(ばふん)はその計画に気づき、君たちに助けを求めていたことにすれば、ダリア兵の数の事も誤魔化せるだろう?……悪い話じゃないと思うんだけど」


 最後に首を傾げて口角を上げたアシュラムの目は笑っていなかった。


「確かに、悪い話じゃない。だが私たちは王女が死ねば女王も殺すぞ」

「それでもいい。だがそれはノヴァーリスが生きていればルドゥーテを殺さないということだ。ならばそれで僕は満足だよ」

「ふ、ふははは!あんた、そんな男だったのか!いいねぇ、いいねぇ!だがなんでもっと早く言わなかったんだ!腹が立つぜ!!」


 スパルタカスの言葉にまたコロコロと満足そうに笑ったアシュラムに、ギネがルドゥーテへの拘束を緩めてから野太い笑い声を上げる。


 暫く思案してから、スパルタカスはアシュラムの条件を呑んだ。


 その一連のやり取りを見つめながら、クライスラーは理解できなかった。


 ――自分の命や名誉を掛けるほど、なのか。

 母を暗殺され、冷酷な父から受けるものは重圧だけ。愛を知らないクライスラーにはアシュラムの全てが未知なる異様なものにしか見えない。

 気持ち悪くて吐きそうだ、とクライスラーは顔を(しか)める。


 その時、カタン……と小さな物音が部屋の隅のクローゼットから聞こえた。


 直感的にクライスラーはクローゼットの戸を開ける。

 だがそこには誰も隠れてはいなかった。


「勘違い、か……?」


 その時クローゼットの奥の隙間から風の音が漏れる。


「ジェシカ、鼠がいたようだ」

「直ちに」


 ジェシカは数名の同僚を引き連れてクローゼットの抜け道に入っていくのだった。

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