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【ノヴァーリス3】

「……さて、ここで私、ロサの女王ノヴァーリスとして。宣言したいことがあります」


 協会(カーネーション)の最高幹部であるノワールの退席、そして先刻の旅芸人たちの騒ぎから一転して、凛としたノヴァーリスの声に場が静まり返った。


「我が国は、皇国アマリリスのミネルヴァ様から頂いた同盟のご提案を受け入れさせていただきます」

「うむっ!知っておったぞ!すぐに父上にも使い鴉を送り知らせるとしよう」


 満足そうに頷いたミネルヴァにノヴァーリスは優しい笑みを返した。それから今度は厳しい視線をアザレア共和国大統領ソルティータに向ける。


「ソルティータ様。貴方は先日の戦いでダリアのクライスラー王子に特殊な武器を渡しましたね?」

「……はて?なんのことやら?」


 片目でノヴァーリスを見据えたまま、ソルティータは両手を肩ぐらいまで上げると、わからないと言ったようなジェスチャーをした。

 これに身を乗り出したのは、末席にいるスクラレアの懐に隠れていた蛙の縫いぐるみ姿のファリナセアだ。


「ふざけんな!ありゃあてめぇんとこの商品に決まってら!西洋躑躅(せいようつつじ)の紋章ご丁寧にいれやがって――ふがふがっ!」


 慌ててスクラレアが蛙の口を塞ぎ、懐に押し戻す。同じ席に座っているジェイドとルビアナが大きく咳き込んで誤魔化した。

 そんな末席での騒ぎは耳に入らないと言ったように、ソルティータは暫く黙りこんでいたが、突然ふっと表情を緩ます。


「……まぁ。誤魔化せるものと誤魔化せないものの違いぐらいはわかってる。だが、ノヴァーリス様。俺の国はそう言う商売をして国を潤している。そして俺の国はあんたんとこと同盟国じゃない。だから儲けるために、どっちにも賭けた(ベットした)だけだぜ」

「えぇ。それはわかってるわ。確認しただけです。そして今後もダリアにその武器を売ってもいいわ。どうせ一挺(いっちょう)渡して売り込もうとしていたのでしょう?……だからそれは好きにしていい」

「……俺の情報では貴女の仲間には魔法使いが多いようだが?」


 訝しげに眉根を動かしたソルティータに、ノヴァーリスは小さくふふっと笑った。少女のあどけなさがその表情からは完全に消えていた。隣にいたレオニダスでさえ、その姿がルドゥーテと重なったように見えた。いや、ルドゥーテだけではなく、アシュラムの姿さえも浮かぶ。


「ええ。だから私は貴方から、あの武器の網を切り裂ける小型の武器を買うわ。……アザレアには既にあるのでしょう?」


 でなければ、他国に売り付けるような武器ではないわ。と付け加えて、ソルティータの背後に控えている転移魔法の使い手に一度視線を向ける。

 目元に黒いサングラスをかけている細身の男は、その視線に気づいて落ち着かなさそうに灰色のスーツを撫でるように手を動かした。


「ふっ、ふはは!!まさかここまでとは。……ええ、ノヴァーリス様。勿論です。自国を攻められる可能性が残っている以上、商売優先とはいえ、対抗する術がないものは売りつけません。だから勿論、ありますよ。あの網を切り裂く小型ナイフ」


 大声で笑うと、ソルティータは従者の開いている胸元に光るアクセサリーのように小さい十字架型のナイフを指差した。首からそれをペンダントとしてぶら下げていた従者は、注目されるのが苦手なのか、モジモジと指を動かしたり頭を掻いたりしている。


「男の癖にクネクネ動くな。……まったく。とりあえず、商談としては悪くない。ふむ、二十ほど用意しましょう」

「そうね。その三倍は用意して。ミネルヴァも少し必要でしょう?」

「おお、ノヴァーリス!助かるぞ!」


 三倍の六十用意しろと言われて、ソルティータはまた愉快そうに肩を震わせた。目の前の少女から目が離せない奇妙な感覚に口元が緩む。

 だがオウミを代表に何人かに睨まれて、ソルティータはすぐに肩を竦めた。


「それから、砂漠を通るこれからの交流のことはイヌマキと話をしてくださいね」

「え」


 ずぅうんっと、熊のような巨躯で立ち上がったイヌマキにソルティータの唇が引き攣る。

 だがすぐにイヌマキの側に控えていたカヤを見付けると、思わず嬉しそうに目を細めた。


「ソルティータ様よ。言っておくが、娘に手を出したら他国の元首でもなんでも関係ねぇ。その首へし折るぜ!」

「な、え?む、娘っ?!」

「くそ親父っ!アタイはローレル一筋だっていってんだろ!」

「やめろカヤ!!それは俺が殺されるっ!!」


 ローレルが最後に涙目で訴える声が響いて、広間の騒がしさが少し戻った。

 食事を進めようとしたノヴァーリスだが、やはり食べ物が喉を通らない。視線を動かせば、リドもソワソワしているし、テラコッタも落ち着かない様子だ。


「……それでは私はこれで失礼致します。皆様来てくださってありがとうございました」

「え、あの、ノヴァーリス様!ぼ、僕はまだ話したいことが!」

「デルフト様……?」


 皆が先刻の、シウンに瓜二つだった旅芸人の少年――セイリュウのことを気にしているのだと感じつつ、ノヴァーリスは席を立つ。一番彼の元に行きたいのは彼女自身だった。


 だがそれを慌てて席を立ったデルフトに止められてしまう。


「ぼ、僕も……、僕の国もロサと同盟を結びたいです!結んでいただけますか?!」

「で、デルフト様っ!何をっ、突然!!いきなりではノヴァーリス様も困りますよっ」


 モルフォが大袈裟に悲鳴をあげ、デルフトの前でワタワタと短い両腕を振り回すが、彼の王は爛々と瞳を輝かせ、ノヴァーリスの前まで走っていく。

 幼さを残す無邪気な彼の表情に、ノヴァーリスも毒を抜かれたように微笑んだ。


「……私も出来るならばすぐに結びたいです。ですが今はすぐにお返事できそうにありません。また後日、デルフト様の元へお返事をお出ししますね」

「は、はい!ありがとうございますっ!!……あ、今宵は楽しい夕食会をありがとうございました!またお会いできる日を楽しみにしていますっ」


 そう続けてデルフトは頭を下げると、ノヴァーリスの手を掴んで、その手の甲に唇を落とす。

 驚いている周囲をよそに、顔をあげたデルフトは白い歯を見せた満面の笑みだった。










「……お待たせしました」


 そんな慌ただしい夕食会から、場所を少し離れた一室に移す。

 部屋に入ったノヴァーリスを迎えたのは、ムスッとした表情のセイリュウと顔を強張らせたリンドウとデルフィニウムだ。


「……あっ。おはようござ……違うな。異常はありません」

「いやいやいや?!今アキトくん、ヨダレ垂らしながら寝てたよね?!普通に爆睡してたよね?!」

「はははー。レオニダス様、口臭キツいんで近付かないでください」

「えぇ?!そ、そんなことないよ?!ないよね?!テラコッタちゃ――ぶはっ」


 テラコッタにバシッと顔を思いっきり平手で殴られると、レオニダスはその場に(うずくま)る。


「まったく!今はそんな馬鹿やってる場合じゃありませんわ!ノヴァーリス様っ!さぁ早く!!」

「シウン……に似ているのは、偶然な気がしないよ……」


 ノヴァーリスを促すテラコッタに続いて、恐る恐るリドが部屋の中に足を踏み入れた。そのリドの台詞にピクリとセイリュウの眉根が動く。


「まーた『シウン』かよっ!!いい加減にしろっての!俺はセイリュウ!シウンってやつは知らないっ!!」

「ご、ごめんなさっ!」


 セイリュウの勢いにリドがたじたじになってノヴァーリスの後ろに下がった。それでも視線はセイリュウに向き、何かを確認するように彼を見つめる。


「……わかっているわ。シウンはもっと大人だし、物腰も柔かで気品があったもの」

「悪かったですねっ、どうせっ俺はっ、ただのっ粗暴なっ旅芸人でっ、ガキっすよっ!」


 セイリュウは唇を尖らせ吐き捨てるように言い切るが、ノヴァーリスの方は何故彼が怒ったのか理解していない表情だった。セイリュウを貶める意図はなく、彼女には悪気はなかったのだが、それがまた彼の苛立ちを募らせる。


「……ただの旅芸人、ね。そうとも言えないんじゃないですか。ね、リンドウさん」

「っ!……ユキくん」

「お久し振りです」


 影から出てきたユキが溜め息混じりに頭を傾げると、リンドウが申し訳なさそうに頭を下げた。


「ユキっち?!このおじさんと知り合いだったの?!」

「リンドウのオッサン!この魔法使いと知り合いかよっ!」


 同時にテラコッタとセイリュウの声が重なる。

 その間にも部屋の中にジロードゥランたちやオウミ、ジェイドやレーシー、ローレルやネモローサたちもやって来ていた。

 ロサを取り戻すために尽力した仲間でこの場にいないのは、ソルティータと話をしているイヌマキとカヤぐらいである。


「リンドウさんは元・協会(カーネーション)の魔法使いだ」

「ユキくんは私が先輩として世話していた子だよ」


 お互いに探りながら言葉を続けたユキとリンドウは、ふっと目線を落とす。


「そっちの空間魔法使いさんの魔法……。あの時、ユキっちが案内してくれた隠れ家を作った方ですよね?」

「……そうらしいな。俺も今日初めて気付いた」


 テラコッタに睨まれて、ユキはゆっくり顔を上げると再び溜め息を吐き出した。デルフィニウムが目線を逸らし、口笛を吹く。


「……はは、悪い冗談だね。ノヴァーリス、これは全て――」

「えぇ、オウミ。わかっているわ」


 蟀谷(こめかみ)を指で押さえながら苦笑しているオウミにノヴァーリスは静かに頷いた。その二人の様子を横目で気にしながら、セイリュウは自身の髪の毛を指で絡めたりして遊ぶ。


「ムーンダスト。説明しなさい」


 しぃんっと静まった部屋の中で、クツクツと白の法衣を揺らしてムーンダストが前に進み出た。

 シャラリと音を立てた金属の飾りが、今は何故か腹立たしいとさえノヴァーリスは思う。


「……えぇ。全ては運命に導かれるままに。……既にシウンがリドと腹違いの兄弟であることは知っていたよね。あのスパルタカス王が生涯唯一本気で愛に溺れた女性。彼は第三王妃ロゼアの姉君の息子だった。可哀想な落とし子シウン……」

「リド様、まさか!」


 ムーンダストの台詞に初耳だとデュールアルベールが声を上げるが、今は彼に経緯(いきさつ)を細かに説明している暇はない。


「……そして、そう。もうわかるよね?彼は第三王妃ロゼアの息子。生まれて直後に殺された青のダリアだ」


 ムーンダストの人差し指がそっとセイリュウを示す。当の本人は「は?」と短く声を出しただけだった。

 黄昏色の瞳が困惑したようにゆらゆら揺れている。


「……待って、殺されたはずの……ソウウン、なの?」


 リドが震えながら一歩一歩セイリュウに近付いていく。幽霊のようにフラフラと自分に近付いてくるリドの雰囲気に、セイリュウはぎょっとしていた。


「ソウウン、ソウウンっ!!僕だよっ!!君の兄のリドっ!!」

「だぁあーっ?!待て!!いきなりなんだよ!俺はソウウンじゃねぇし!!兄弟なんて――」


 首に巻き付くように抱き付いてきたリドを振り払おうとするが、顔を横に向けてリンドウと目があった瞬間にセイリュウの抵抗は消える。

 リンドウの瞳が悲しげに揺れていたからだ。

 セイリュウは無意識にこの瞳を知っている気がした。勿論、今まで共に生活してきた仲間である。だが、それよりももっと前に――


「……ちょっと待てよ……、青のダリアってなんだよ。俺は孤児だろ?違うのか?……リドって、ダリアの王子様だよな?愚鈍のリドって……確か死んだとか噂の、そもそも青のダリアだって生まれてすぐ殺されたんじゃ……っ」


 戸惑いが渦となって広がっていく。

 ノヴァーリスは何故か涙が込み上げてくるのを感じていた。


「……リンドウもデルフィニウムも私の元部下だよ。ふふ、そう。私はずっと部下に命令して青のダリアを隠していたんだ。死んだことにして」

「……ムーンダスト、貴方の目的は一体何なの?」

「目的?」


 混乱して目玉をキョロキョロと動かしているセイリュウを見つめながら、ノヴァーリスは小さく問いかける。

 ムーンダストは唇の端をつり上がらせながら、一切笑っていない瞳を三日月のように細めた。


「反撃の狼煙(のろし)を上げ、世界を壊す」


 協会の占いにて、国を滅ぼすと言われた青のダリア。

 そして同じく国を滅ぼすと言われた青の薔薇。


「さぁここから始めよう。新しい物語を」


 一斉に部屋の窓が開き、風が駆け巡る。

 髪を乱しながら笑うムーンダストに、誰もが息を飲んでいた。


こちらは最終話です。

残すはエピローグ。

これにてアンデシュダール戦記、第一部【夢現の青薔薇姫】は完結します。


第二部【青の王子に祝福を】もすぐに始めますので!また引き続きよろしくお願い致します。<(_ _*)>

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