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【セイリュウ2】

 ――クソ、集中力が続かねぇ。


 セイリュウは得意な投げナイフの演目を行いながら、チラチラと視界の端っこでノヴァーリスを見ていた。広間を見回せば、例のキスをした男は別のテーブルに座っている。


 ――やっぱ、婚約者とかだろうか。身に付けてるもんも高そうだし、もしかしなくても、どっかの国の王族だったりして。


 そんなことを考えながら、長い黒髪を揺らす。彼の俊敏な動きに合わせて揺れるそれは、まるで尻尾のようだった。


「……え、え……?」


 だが、協会(カーネーション)の最高幹部とやらが席を外した段階から、広間の中が騒がしくなってきている気がする。そしてそれが自身に向けられている好奇な視線の答えなような気がしていた。

 特に驚いた様子で、席から半立ちのままキョロキョロとしている鈍色(にびいろ)の髪の青年が、間抜けな声を出しながらセイリュウとノヴァーリスを交互に凝視するのが目につく。


 ――いやいやいや、何を聞きたそうにしてんだよ。それはこっちの台詞だっつの!


 他にも何人もが自分を凝視している事実に、セイリュウはだんだん落ち着かなくなってきた。


「あ、やべ……!」


 デルフィニウムが作り出した空間が徐々に縮小し、小さな丸い的のように開いた影が幾つも広間中に浮かび上がっていた。それらを狙い、空間の裂け目に投げナイフを入れていくのが演目の締め括りだ。

 全ての観客たちの真上やスレスレの位置に存在するそれらに的確にナイフを投げ込めてこそ、拍手喝采が起こる。

 だがセイリュウの手元が狂ってしまった。


「セイリュウ?!」

「セイリュウ(にぃ)!」


 兄貴分や弟分である団員たちの悲鳴が聞こえる。


 ――わかってる!わかってるけど、俺にはどうにも……っ!


「あぶな――」

「「ノヴァーリスっ!!」」


 しかもその軌道の狂ったナイフは、よりにもよってノヴァーリスに向かって真っ直ぐ飛んでいく。狙うべきは彼女の頭上にある裂け目の的だったというのに。

 顔面蒼白とはこの事だ。セイリュウは必死に足を動かすが、自分が投げたナイフに追い付くはずがない。

 同時にセイリュウは何人かが席を立ち走り出したのに気付いた。だがそれも無駄だろう。投げナイフのスピードにも彼は自信があったのだから。


「――姐さんっ!」

「大丈夫よ!」


 デルフィニウムなら間に合うのではと視線を向けた頃には、彼女は不敵に笑っていた。

 そしてガキンっと金属音が静まり返った広間内に響く。


「――……大丈夫か?」

「え、えぇ。問題ないわ。ありかとう、ユキ」


 セイリュウはノヴァーリスへと走り出していた足を止めると、彼女を抱き締めながら、自身の金属製の籠手(こて)で投げナイフを弾いた男に視線を向けた。


 ――魔法使い、か。今椅子の影から出てきたよな……?


 鋭い眼光を光らせてセイリュウを睨み付けてくるユキという男を見つめ返す。何故かわからないが、視線を逸らしてはいけない気がしたのだ。


「ノヴァーリス、無事?!」

「姫さんっ!!怪我してないか?!」

「それよりもユキっちはいつまでノヴァーリス様を抱き締めているの?!離れなさーいっ!!」


 次々とノヴァーリスに駆け寄る男達に、セイリュウが唇の端を引き吊らせていると、派手な髪色をした侍女の一人が大声を上げた。


「それから、レーシー様!その人を拘束してください!!女王陛下に危険を及ばした罪、手元が狂ったでは許されません!!ですよね?!レオニダス様っ?!男爵(バロン)っ?!」

「あ、あぁ。そうだな、確かに」

「別ノ部屋に案内シヨウ」


 ――あ、しまった!確かにこれは重罪だ。俺は一国の王を殺しかけたんだから……!


 何も言えずに項垂れたセイリュウを庇うように、団長であるリンドウと副団長のデルフィニウムが前へと進み出た。


「この子を罰するのならば、どうか私たち二人も一緒に」

「リン……っ、いや、団長!それはっ」

「大丈夫、一緒だ」


 じわりと、セイリュウの瞳が濡れる。溢れ出しそうな涙を必死に堪えて、彼はノヴァーリスに向き直った。


「……わかりました。貴方達三人にはまた夕食会後、話を聞きます。他の団員の者達は宿に帰りなさい。また三人のことを追って連絡します」


 泣き出したりして心配そうな弟分たちには悪いと思いつつ、セイリュウは真剣な表情で頭を下げる。

 そして広間を出て違う部屋に案内された。


 ――てっきりもっと地下牢的なところかと、思ったんだけど……。


 前を歩き、三人を案内してくれた黒髪に赤と桃色のメッシュを入れた派手な髪の少年をじっと見つめる。

 同い年くらいだろうか。とセイリュウは溜め息をついた。


 ――そう言えば、あん時……コイツもノヴァーリスの元へと走り出していたいた一人だったよな……。


 カチャカチャと少年の手につけている鉤爪が音を立てている。

 入ってきた扉を閉め、部屋中を点検してから、少年はやっと口を開いた。


「はー……ホント、テラコッタとレオニダス様の演技下手すぎ。……これじゃあソルティータとかいう人には疑われるっつーの」

「……は?」


 要点の得ない台詞にセイリュウは目が点になる。

 面倒そうに鉤爪を外すと、少年は眠そうな眼を擦りながら、ふわぁっと欠伸をした。


「や、だから。罰とかないんで。あんなことで怒るようなノヴァーリス様じゃないですし」

「いやいやいや?!じゃあなんで俺を拘束するとか?!」

「はー……あんた、何も知らないんだな。……後ろの二人は全て理解しているみたいな顔してるけど?」

「え?!」


 ばっと背後に振り返ると、確かにリンドウとデルフィニウムの表情は微妙な顔で、何かセイリュウに申し訳ないと謝るようなことがありそうだ。


「い、一体、何を俺に隠してんだよ?!」

「そ、それは……その」


 言葉を濁し、目を泳がせるリンドウは挙動不審過ぎる。

 デルフィニウムも突然口笛を吹き始めた。


「……そっちの秘密は夕食会が終わってからにしてもらって。……ねぇ、あんたさ。……シウンって名前、聞き覚えない?」

「…………っ」


 ――また『シウン』かよ!


 目の前の少年の瞳が鋭くなったのを見つめながら、セイリュウはだんだんと腹が立ってきた。

 ノヴァーリスが自分の手を掴んで必死に繰り返した名前。

 不機嫌そうに「んなの知らねぇよ」と吐き捨てると、ギロリとリンドウとデルフィニウムの二人を睨み付けたのだった。

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