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【ノヴァーリス2】

「ね、ねぇ!ノヴァーリスっ」

「……今は話しかけないで」


 オウミが極力明るく努めようとしている声とは裏腹に、ノヴァーリスの声音は不機嫌きわまりないと言った、彼女らしからぬ低音だった。

 冷気を纏うそれに圧倒されつつ、オウミは城へと向かっていくノヴァーリスに恐る恐る手を伸ばす。


「……っ!何をっ」

「い、いや!話しかけないでとは言われたけど、掴むのも……禁止?」


 わざと彼女よりも体勢を低くして、上目遣いでノヴァーリスを見上げるオウミはやはり確信犯だ。

 それは経験からくる処世術なのだろう。

 反省していると言った寂しそうな子犬のような表情に、ノヴァーリスは一瞬たじろいだ。

 胸が痛くなり、刺々しい態度を取っていることに罪悪感を覚える。


 ――で、でも!さっきのは……!!


 振り向き様に唇を奪うなんて卑怯だ。

 ノヴァーリスにとって、唇への口付けは特別な意味を持つ。

 何故なら死へと向かう前の彼が――シウンが、最後に愛を囁いて唇を重ねてくれたからだ。

 もう何処にもいない彼の甘い記憶。それが塗り替えられるのが嫌だった。ノヴァーリスの心は彼を失った大きな穴を抱えていて、同時に彼との思い出が支配していた。

 剣の使い方の練習で唇の端に軽く触れただけのアキトとは違い、深い口付けを交わしてきたオウミは罪の重さが違う。


 ――それに、彼と……まだ話してみたかったのに。


 先刻のシウンと瓜二つの少年を瞼の裏に思い浮かべる。

 シウンとは違い、若干つり目ではあったし、二人が持つ雰囲気も全く違った。だが、ノヴァーリスは何かが引っ掛かる。


「……知ってる気がするのよ……」


 思わずポツリと漏れた台詞に、オウミは「え?」と首を傾げた。だがその表情は本当に何も判っていない顔ではない。何かを勘づきながら、判らない振りをしているようだった。

 だが物思いに(ふけ)っているノヴァーリスは気付かない。

 悶々としながら、やはり城へと足を進めていた。


「待ってよ、ノヴァーリス!」

「待たないわ。私、城に戻らないと。……オウミ、貴方には感謝しているのよ……、でももう戻らないと!」


 ――私は女王になったのだから。


 これ以上のんびりと城下町でフラフラしている場合ではない。もうすぐ協会の最高幹部とやらもやってくるのだ。小国パンジーの王を連れて。


「……それに、アザレアのソルティータ大統領も来るのよ。彼には聞かなきゃいけない話もあるし、ミネルヴァとの同盟話だって……!」

「……僕はハイドランジアの王子だよ。父は君たちを一度裏切ったかもしれないけど、僕は裏切らない。……でも絶対とは言えない」

「……え?」


 オウミの台詞はノヴァーリスの足を止めるのに良い選択だった。賑やかな城下町の角で、ノヴァーリスとオウミは静かに見つめ合う。


「……本当に。君は民たちが望むような王族だね。国のことを真っ先に考えて、正直偉いと思うよ」


 肩を竦めて笑うオウミに、先程の言葉が彼の本心ではなかったことを悟ると、ノヴァーリスは悔しそうに彼を見上げる。


「……酷いわ」

「酷いのはノヴァーリスだよ」


 ざわりと、風が一瞬強く吹いた。

 商品を陳列していた道具屋の主人が転がった商品にあっと声をあげている。


「僕は軽く見えるかもしれないけど、嘘なんて言わない。すべて本当のことだ。……だから、ハッキリと言うね。僕は君を、ノヴァーリスを愛してる。だから、ハイドランジアに帰って名誉を回復させたら、君に婚約を申し込むから」


 不思議なことに先程まで耳に届いていた町の喧騒が、すっかりノヴァーリスの耳に届かなくなっていた。

 綺麗な顔に負けていないオウミの美声だけがよく響く。


「結婚したら、僕たちの国は(さかい)を無くそう。そうすれば裏切ることなんてないよ。僕の心も、国も、すべて君のものになる。絶対に、だ」


 ロサの女王として考えた場合、この申し出は非常に魅力的なものに違いなかった。

 今まで日より見主義のウィローサが紛争から逃げていたのだとしても、ハイドランジアの面積は広く、さらに兵の数も多い。うっかりダリアなどが攻めて来ることがないほど、国の守りが強固になる。

 それに併せてミネルヴァの申し出を受け、皇国アマリリスと同盟を結べば、少なくともノヴァーリスが王位に座っている間、世界は仮初めでも平和になるはずだ。


「オウミ……私は……」

「いいんだ。君の心が()をずっと追っていても。それでも僕は心を捧げるよ。いつか君が()よりも僕を見てくれるその日を信じて」


 切な気に微笑んだオウミのその表情は、既に計算ではなかった。ただただ正直に心を吐露した男の顔だ。


「……私」


 ノヴァーリスの唇が何かを紡ごうとした瞬間、オウミの目の前から彼女の姿が消えた。

 いや、何かに連れ去られたのだ。

 旋風(つむじかぜ)のような素早い動きの何かに、巻き込まれるように。


「ノヴァーリスっ!!」


 オウミは声を張り上げ、自身の目を信じて動いた。

 何かがノヴァーリスを連れ去った路地裏に走る。


 そしてオウミは目撃したのだ。


 このような場所にいるはずのない何かを――。

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