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【オウミ】

 ノヴァーリスの戴冠式に出席した時、オウミは自身の現実を見つめる決意をしていた。


 毒に(おか)されつつも、一輪の花のように背筋を伸ばして其処に立っていたルドゥーテ。

 そしてそれを知りつつも、泣くことすらせず王冠を受け入れたノヴァーリス。


 まるで一枚の絵画のように完璧な美しさを、オウミは其処に見出だしていた。そして魅了されてしまったのだ。


 ――僕は……、今僕がすべきことは……


 正しい呼吸すら忘れてしまうほど、オウミの中で何かが弾け飛んだ。永遠に思われたその瞬間は、視界の中でほんの少し傾いたルドゥーテによって現実に引き戻される。

 オウミはそっと人の間を縫うように進むと、後を付いてきていたムッタローザと共に彼女に肩を貸した。

 ルドゥーテが息を引き取ったのは、直後だった。


 オウミはその日、ルドゥーテの亡骸に寄り添うように泣き崩れたノヴァーリスに声を掛けることは出来なかった。

 しかし、用意された客室の柔らかいベッドの上に寝転がっていても、一向に眠れない。仰向けの状態で、何もない白い天井を見上げるしかなかった。


「……明日、ノヴァーリスに伝えよう。……前に、進まないと……」


 ハイドランジアに戻り、はっきりと王位を継ぐことを意思表示するのだ。

 グレフィンとダリアの陰謀が明るみに出た以上、オウミは反逆者ではない。むしろ、ノヴァーリスに協力した立場だ。裏で何か取引があったにせよ、ロサの同盟国であるハイドランジアはこれを喜んで受け入れなければいけないだろう。

 特にあの優柔不断な父親ならば、必ずそうする。オウミには確信があった。


 そんなことを考えている内に、オウミは睡魔に襲われ、深い眠りへと落ちていったのだった。








「シウンっ!!」


「……は?」


 繋いでいた手が振りほどかれたショックよりも、オウミはノヴァーリスに引き止められ、振り向いた男の顔を見た時の方が遥かに衝撃的だった。


 ――これは……流石に、僕がノヴァーリスでも追いかけたな。


 ゆっくりと、人の流れに逆らいながら二人のもとへと近付く。

 近付けば近付くほど、長い黒髪を揺らし、困惑したような表情を浮かべている彼がシウンと瓜二つであることを思い知らされた。

 長い睫毛に黄昏色の瞳。柔らかそうな黒髪も、長さは違えど同じものだ。ただ、今目の前にいる男は少年で、シウンよりも若干目付きが鋭い。優しげな目付きのシウンとは違い、つり目がちなのだ。


「……あ……、シウン……じゃ……、……っ」

「えっと、ごめん。俺はシウンって人じゃない。人違いだ。悪いけど」


 ボロボロと泣いているノヴァーリスに気を使ったのだろう。少年はオロオロしながら、大袈裟な手振りまで付けて必死に違うことを伝えていた。


「……ごめんなさい、私……っ!」

「いやお願いだから。それ以上泣くなよ。あーもう!!ちょっと、アンタこっち来い!」


 少年に手を引かれて、ノヴァーリスが人気のない路地に連れていかれる。それを見たオウミは焦った。


「ノヴァー……っ?!」


 だがオウミが脳裏に浮かべた最悪は起こっていなかった。

 少年は魔法を使うように何もない空間から、五本の青薔薇の造花で作られた小さな花束を差し出したのだ。

 勿論、種のある手品だった。


「……ほんと、アンタいつも泣いてんな」

「……え?」


 ポツリと漏らした少年の台詞の真意はわからない。だがその時の彼の笑みを目撃して、ざわりとオウミの心が騒いだ。


『ふふ、彼がいなくなっても彼女は君のものにはなりそうにないよねぇ~』


 耳元で囁かれたように、いつぞやのムーンダストの台詞が頭の中で再生される。

 まるでそれは呪いのように、オウミの心を(むしば)んでいく。


「俺はセイリュウ。それでアンタは――」

「――ノヴァーリスっ!」


 その行動は呪縛を解かんとする衝動か、もしくは魔法そのものだったのか。


 オウミの体は何かの感情に強く突き動かされ、ノヴァーリスの名を紡ぐと同時に彼女の細い手首を握った。

 もう片方の手が彼女の肩を掴み、振り向いたノヴァーリスの唇に自らの唇を押し付ける。


「んんっ?!」


 ノヴァーリスは突然の出来事に目を白黒させていた。

 見開かれた双眸(そうぼう)は、すっかり涙が引っ込んでしまっている。


「……っ、帰ろう」


 唇を離し、そう言ったオウミをノヴァーリスは恨めしそうに見上げていた。その眼光でさえ、自分だけに向けられているものだとオウミは嬉しくなる。


「彼は……」


 再びノヴァーリスが、セイリュウと名乗った少年の方に顔を向けた時には、彼の姿は其処にはなかった。辺りを慌てて見回しても何処にも姿が見えない。


 オウミは自身の行動に後悔しながらも、彼がいなくなったことに安堵していたのだった。

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