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【ルドゥーテ】

 ロサを簒奪者グレフィンの手からノヴァーリス王女が取り戻した、というのは瞬く間に民たちに広がっていった。そしてそれは疾風(しっぷう)の如く、大陸中を駆け抜けたのだ。


「女王ルドゥーテ様万歳!」

「ノヴァーリス様万歳!」


 民たちの声が城の中にまで届く。

 ユキの影を通り、いつの間にか自室だった場所に寝かされていたルドゥーテは、半眼(はんがん)の状態で眼球をぐるりと動かした。

 意識が途切れそうになるところを(こら)え、あの夜エマの体が切り裂かれた辺りを見つめる。

 あれほど血生臭い争いをしておいて、グレフィンはどうやら神経質な綺麗好きだったようだ。染みの一つも残さず清掃されていた。

 口の中に残る苦味は、どうやら先ほど後ろ姿が見えたテラコッタが飲ませてくれた薬らしい。と思考を動かしながら、ルドゥーテは再び窓の向こう側を見つめた。

 耳に響く声は何かを促されているような気さえする。


 ――いや実際促されているのだ。この男に……


「……お気付きでしょう。陛下。貴女にはもう残された時間がないことを」

「ムーンダスト……」


 唇がまともに動かない。

 だがそれは体全体で起こっている事だった。

 いつの間にか頭の横に立っていたムーンダストを睨み付けたくても、ルドゥーテにはそれが出来なかった。


「一時だけ貴女を時間軸から外しました。しかしそうして時を止めていても、運命は変えられない。わかっていますね?貴女に残された時間は極僅かだ。……聞こえるでしょう?民たちの声が。強き女王の帰りを喜ぶ声が!新しい時代の幕開けを感じる歓喜の歌が!!」


 徐々に興奮していったのか、声を(あら)らげていくムーンダストにルドゥーテはゆっくりと瞼を閉じた。


「そしてそこに――」

「――私はいない」

「……えぇ。正しくはいらない、のですよ。陛下。貴女の役目は終わったのです。今までありがとうございました~。お疲れ様です~」


 彼のふざけたような口振りにルドゥーテは唇をきゅっとキツく結ぶ。


 ――この男の目的は初めて会った時から薄々と気付いていた。だが……


 脳裏に浮かぶ愛娘の姿に、ルドゥーテは小さく笑みを溢した。その表情が不可解だったのか、相反してムーンダストの眉間には皺が寄る。

 笑えるべきは自分であり、表情を曇らせるのは相手であるはずなのに、というような顔だった。それがルドゥーテにとってとても愉快だった。


「……私の時を動かしたのです。もう戴冠式の準備は出来ているのですね?」

「えぇ~。ノヴァーリス様は乗り気ではありませんでしたから、私が勝手に。……昨日城に入ってから沈んだ太陽が再び昇りました。もう一度沈み昇る前に、戴冠式を済ませ、あの方には女王となっていただく……」

協会(カーネーション)からの使者を……恐れているのですか?」


 二人の視線が絡まる。


「……恐れる?誰が?私が?誰を?何を?」


 ムーンダストの反応を見て、ルドゥーテはふっと口角を上げた。息を吐き出すと同時に閉じた瞼は厄介なことに重すぎる。


「……ならば早くしましょう。もはや……」

「エクレールの力を増幅させましょう。戴冠式が終わる頃には間に合うでしょうから。……貴女の気合いや根性とやらを信じておりますよ」


 ムーンダストの台詞にルドゥーテは返答を返さなかった。返せなかった、と言った方が正確かもしれない。









 ノヴァーリスたちの戸惑いの中、戴冠式は(おごそ)かに行われることになった。

 即位の通達は式の直前であり、訳のわからぬままノヴァーリスは煌びやかな赤のドレスに着替えさせられたのだ。


「ムーンダストっ!これはどう言うことなの?!誰が貴方に時間の解除を命令したと言うのっ!」


 ノヴァーリスの言葉にムーンダストはただ静かに「これは母君様の望みですよ」とだけ答えた。

 母の望み、と聞かされたノヴァーリスはぐっと息を飲み込む。いつかは継ぐのだろうとぼんやりと考えつつも、国を滅ぼすと言われた姫であることがその考えを浅くさせていた。


「さぁ始めましょう。民たちが待っていますよ。貴女の即位を」


 そう言われては、歩を進め王の間へ入るしか他ない。

 ノヴァーリスは覚悟を決め、仰々しい扉を開けた。


 王座の後ろにある縦長の窓から、キラキラと白い光が彼女を導くように線を差す。

 真紅のドレスに身を包んだ我が子を誇らしげにルドゥーテは見下ろしていた。


 ――アシュラム、見ているかしら?私たちの子はこれほど立派になった。


 隣に立っている筈だった夫の姿を想像しながら、ルドゥーテは力を振り絞る。

 ジェイドが作ったらしい薬に、エクレールの治癒の力。

 だがもう彼女は虫の息だった。

 気力だけでその場に立っている。それはルドゥーテの毒の進行を知っている者の目には明白だった。

 だが逆に状態を知らない者には、凛とそこに立つルドゥーテは、高潔な女王の姿に映っていたであろう。


「ノヴァーリス、貴女の道は民の道でもあるわ。この国を、任せるわね」

「お母様……」


 静けさの中、耳元で囁かれた言葉にノヴァーリスの瞳が潤む。

 頭に置かれた王冠は、ルドゥーテから受け継いだからかずっしりとした重みを感じた。

 一斉に響き渡る拍手の音にノヴァーリスはぐっと唇を噛み締める。途端、ルドゥーテの体がほんの少しだけ傾いた。


「……ノヴァーリス、ジェイドの能力は聞きました。だけど、馬鹿なことは()して頂戴ね。私はやっと愛するアシュラムの側にいけるのですから。でも勘違いもしないで。私たちはいつも貴女のことを見守っています。ただその場所が貴女の側ではなく、空の上から……もしくは死者の国から……そういうところからよ」


 ――信じているわ。だからこの世界に留まる理由はない。


「ジェイドにも伝えておいて。……今はいい。でもいつか本当にさよならはしてあげないと、魂は報われない……と」

「聞こえてますよ……」


 そっと傾いたルドゥーテの体を支えに来たエクレールの後ろから、ジェイドが(しか)(つら)を覗かせた。

 王の間は新たな女王の誕生に沸き、民たちに知らせるため人々が走り回っている。


「いたの、ね。……また、貴方の師であるアルベリック同様、頭が固いと言われるかもしれないわね。……アルベリックのことは間違っていた。人を救う為の努力だったというのに……でも貴方のは――」

「――わかっています。わかって……いるんです。でももう少しだけ……俺には妹が、家族が、必要なんだ……っ、あんたみたいに、強くないからっ」


 瞼を閉じ始めたルドゥーテの台詞に被せるように吐き出したジェイドの言葉は苦し気だった。


「……肩をお貸しますよ。ルドゥーテ様」


 不意に人混みを縫い近付いてきたのは、オウミだった。ムッタローザも側に控えていて、そっと左右からルドゥーテの体を支える。

 エクレールは目立たぬようにそっと治癒魔法を使っていたが、ジェイドが左右に首を振ったのを見て、その手を下ろした。


「……あぁ。レオニダスに、貴方に何もかも頼んでしまってごめんなさい、と……っ、本当に……心から、愛しているわ、ノヴァーリス」


 ポツリポツリと台詞を漏らしたのを最期に、ルドゥーテはそのまま帰らぬ人となった。



「新女王ノヴァーリス様万歳ーっ!!」


 民たちが新しい女王の誕生を祝う中、その気高き人生の幕を下ろしたルドゥーテに城中の者たちが涙を流す。

 彼女の死が民たちに伝わるのは、夜がすっかり明けている頃だろう。


「……あんたたち夫婦は……本当にっ」


 その夜、レオニダスはただ一人、誰もいなくなった王の間で酒を酌み交わしていた。

 兄と義姉へと差し出した(さかずき)の中身が減ることはなかったが。


「俺がそっちに行くまで、二人でイチャイチャしていろ。クソ兄貴め、クソっ……ルドゥーテがっ」


 その夜は光を遮る雲一つない、見事な満月だった。

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