【デルフト】
「あ。終わったみたいだね!」
協会から派遣された魔法使いが見せてくれた映像を見終えたらしいデルフトは小さく伸びをした。肩が懲りそうな衣装と大きめの王冠がずるりと僅かに傾く。
先刻までデルフトが覗き込んでいた水晶玉は、魔法使いの手の中でキラキラとした光を失っていった。やがて無色透明なそこに、魔法使いの肌色がはっきりと映る。
「ねーねー、モルフォ!僕、ロサのノヴァーリス様に会いに行こうかな!」
「ぶひぃ?!何を仰るのですか!デルフト様っ」
山吹色と水色が斑に入った珍しい髪と同じ色味の瞳を輝かせながら声を上げたデルフトに、宰相であるモルフォが大袈裟なほど驚いて見せて風船のような腹を波打たせた。
協会から派遣された魔法使いは、モルフォの上げた声が豚の鳴き声のように聞こえたが、無言でその場に佇む。
彼女は何事にも動じないようにという規律を守る――既に協会の敬虔な信者であった。
ふぅふぅと焦ったように汗をかき始めたモルフォは王の考えを変えるべく、必死に言葉を探した。
「あ、貴方が、こ、このパンジーを離れてどうするのですか!貴方の身に何かあったら一体っ!」
「僕の身に何もないようにするのがモルフォの仕事でしょー?それに最終的にはモルフォが守ってくれるじゃない。その為の能力でしょ?」
「ふぐぅ!」
ニコニコと満面の笑みで「信じてるよ」と笑われては、モルフォもそれ以上何も言えなかった。最後の希望とばかりに魔法使いの女性を見上げるが、彼女は無表情のままそっと瞼を閉じる。
「……デルフト様。明後日、我が協会の最高幹部であるノワール様がロサに向かわれるようです。ノワール様から伝言で、一緒に行きますか?と」
「流石ノワールさんだね!うん、僕行きたいって伝えてくれる?ほら、モルフォ!ノワールさんと一緒だからいいでしょ?」
「うぐ、は、はひっ」
協会の魔法使いたちが自分の思い通りになったことはない。モルフォは諦めたように頭を振ると、自身と同じであって異質な協会の魔法使いをまじまじと見つめた。
彼らの連絡手段とは一体何なんだろうか。もしかしたら、これが最高幹部の魔法の一つか、と様々なことを考える。だがやがてそれも億劫になってきた。
「……ふふ、楽しみだなぁ。青薔薇姫のノヴァーリス様に会えるなんて」
ぽつりと呟かれたデルフトの台詞は、その部屋の静寂に溶け込んで消える。
この時モルフォは少なからず、言い知れぬ不安を抱いていた。
そして後から強く思い願うのだろうとさえ感じてしまう。
主を止めなくてはいけなかった、と。
「きっと優しい人なんだろうなぁ。あの映像では少し怒ってるのか雰囲気が怖かったけど。でも……優しい人なんだ」
――理想の世界まで、もうちょっと。
デルフトは口元の笑みを隠すと、決意したときのことを思い出し、涙を溢れさせた。
小国パンジーの少年王は今日も一人小さく肩を震わせていたのだった。
最終章である、七章始まりました!
よろしくお願いいたします<(_ _*)>