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異世界女子、精霊の愛し子になる  作者: サトム
二章 異世界女子、異世界で生活してみる
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異世界女子、異世界で生活してみる

一年ぶりの更新で、今までのお話を忘れてしまった方用前書き。


 自分の世界から異世界に落ちてきた皆川千早(年齢20歳)は、動物の姿を模した精霊レスタの契約者となる。レスタは精霊王と呼称される存在だが、立派なたてがみを持つ黄金のライオンの姿をした彼は千早を慈しみ、時には可愛がり、そして彼女を溺愛していた。

 エーレクロン王国に落ちた千早は王城を中心に、同じくネズミの精霊ロイの契約者である青騎士ジークや彼の仲間たち、ショタジジィの騎士総団長ラスニール、近衛騎士団長の苦労人ジラール、国王や王妃といった人々に助けられながら、精霊の癒し手としてこの世界での生活を始めたのだった。


 このお話はフィクションでファンタジーです。

 『精霊の癒し手』とは、契約者ではなくとも精霊と心を通わせさまざまな事柄を癒すことのできる人のことをいうらしい。それを聞いたときはずいぶんとふんわりした役職だなと思った千早だが、『お前は別格だ』と後見人(ラスニール)が断言した。

 現在千早は王城のレスタの部屋で『精霊の癒し手』として働いている。とはいっても特別なことは何もしていない。現代風にいうなら千早のしていることは――――


「それでアッシュなんか『お前は夜行性じゃないのか。なんで夜目がきかないんだ』なんて言うんだぞ。確かに俺は狐の姿だが精霊だ。動物じゃないって言ってんのに、アイツちっとも理解しないんだよな」


 精霊王の庭に白金の毛並みを風にそよがせながら座るキツネが千早の前で愚痴る。そう、今まさに愚痴をこぼす精霊の話を聞いている千早は仕事中なのだ。カウンセリングまでの知識はないが、精霊たちの小さなストレスや悩みを聞き、助言やアドバイスや慰めを言うのが精霊の癒し手の役割なのだという。


「精霊は夜目がきかないの?」


 小さな疑問を口にすれば大型犬ほどもあるキツネは可愛らしく首を傾げる。


「きくよ? 姿形に関係なく」


 なるほど、と千早はうなずいた。先ほどの言葉で目の前の彼が理解を示して欲しかったのは、自分は精霊であってキツネではないということを契約者が理解していないということなのだろう。


「人間は夜目がきかないものね。メルマを頼っていたからつい言っちゃったのか」

「まぁ、契約者だから助けてあげたけどね! だいたいカルザード子爵夫人のところに夜這いに行くのなら街で落ち合えばいいのに」


 キツネの姿を模した精霊メルマがポロリと零した名前に千早の笑みが引き攣る。この程度の秘密ならなんとか聞き流せるようになってきた……というより聞き流さないとやってられないくらい小さな秘密が零されるのは日常茶飯事だ。


 たまに国家機密レベルの事実を愚痴られることもあるがゆえに、千早の住居は後見人であるショタジジイ……騎士総団長のクラウンベルド公爵邸の離れである。屋敷の正門を抜けるのに馬車で五分以上かかる邸宅だが、離れの傍には第二の門があり、千早とレスタはそこから毎日歩いて王城へと通っていた。


 一庶民なのに……と訴えた千早に紅い目を細めて笑った美少年(ラスニール)は、レスタを連れて歩けばそれだけで狙われるぞと大変楽しそうに脅してきた。レスタという精霊はそれだけ王家に近い存在で、レスタの契約者になればこの国の王位も手に入るかもしれないと誰もが聞いたことのある物語レベルで周知されていると聞かせら(脅さ)れれば、大きなため息とともに諦めるしかなく。


「あ、カルザード子爵はまだ生きてるから、これは内緒ね!」


 できることなら私にも内緒にしていてほしかったと遠い目をする千早の頬にレスタがすり寄る。

 政略結婚で、後継ぎ(長男)替え(次男)、さらに嫁だし要員(娘数人)が揃えば愛人を持つことになんら不都合はない国なのだ。だが男女の仲というのはやはり難しく、たとえ夫が妻を愛していなくとも浮気されれば夫のプライドを刺激するのか騒動になることが多いらしい。


 どうやら若くて逞しい浮気相手に嫉妬する男性貴族は多いのだ。そのうえ女性よりも男性のほうが多いこの世界では、夫側が女性の愛人を持つことが難しいことも妻の浮気を許さない風潮を生んでいた。

 このキツネの精霊メルマの契約者は貴族だが三男で騎士団に所属している美丈夫な遊び人であり、年上の既婚女性と遊ぶことになんらためらいを持たない男性なのだろう。千早は一度みかけたことがあるが、楽しそうな好青年に見えた自分が悲しくなってきた。


「人好きしそうな優しい青年に見えたのになぁ」


 人は見かけによらないものだし、今まで親の庇護の元にいた千早の人を見る目は節穴なのだと痛感させられる。あ、いや、あの凄く澄ましていて真面目そうなロマンスグレーのオジサマが少女趣味(ロリコン)だったよりはマシかもしれない。とても愛らしく庇護欲をそそるお姫様が、実は大人の男を屈服させるのが趣味だったのとどちらがマシだろうと考えて、どっちもダメじゃんと千早は頭を抱えた。


 私、絶対ラス様の庇護下から出られない。


 精霊の癒し手として働き始めて感じた命の危険は今のところ現実には至っていないが、日々もたらされる愚痴(情報)は聞き流して忘れるのが一番だとの結論に達したのは一週間後だった。


「アッシュはイイやつだよ。千早と同じように話を聞いてやって、体を優しく慰めてあげて、夫人も五歳くらい若返ったように見えたし」


 今まで愚痴っていた自分の契約者をフォローするキツネの精霊は、本当に彼のことが好きなのだろう。青い目は信頼に満ちて二人の絆を感じさせる。ダメな部分はあるが、それでも契約者を慈しむ精霊という存在に千早は目を細めてほほ笑んだ。


「そうだな。メルマの契約者は情報収集が得意で秘密裏に貴族の不正を暴くための仕事をしている。既婚夫人に手を出すのも趣味と実益を兼ねているから、天職だと言っていたはずだ」

「だーかーらーレースーター。秘密とか機密って言われた情報は口に出さないで~」


 またもや部外者が知ってはならない秘密をさりげなく漏らしてくれた千早の精霊に、その豊かなたてがみに顔を埋めながら訴えれば低く喉を鳴らして笑われる。


「心配せずともそなたに傷を負わせはせぬよ」


 千早とて判っているのだ。精霊たちが零していく愚痴や秘密は、契約者を形作る一部に過ぎないのだと。

 メルマの契約者だけではない。少女趣味の侯爵は権力にものを言わせて無理やり少女に触れるどころか、彼は率先して孤児院の環境改善に乗り出し、幼児を狙った人買い集団を自分の領地で壊滅させた。

 大人の男を屈服させるのが好きな第三王女は王城で働いている貴族の不正を暴くことを生きがいとしており、国のために(・・・・・)ならない(・・・・)不正は小さいうちに摘み取っているらしい。政務を司る第一王子(ファリシオン)、軍務を司る第二王子(レインナーク)、外交を司る第一王女(フィアンナ)、自国の流通を管理する第二王女(メリーベル)の全員が、自分たちの代わりは誰でもできるが第三王女(ミリスティア)の代わりは誰にもできないと断言するほど。


 ちなみにこれは王子、王女の全員が個別に訪ねてきて話をしていったときに得た知識だ。その時は若いのにみなさんのお仕事は大変だなぁくらいしか思っていなかったが、今にして思えば千早の口の堅さを試すための愚痴でもあったのだろう。


 『秘密を漏らしていたら殺されてた?』とラスニールに聞けば『いや? 殺され()、しないだろう』と美少年の顔で笑って答えてくれたが、監禁隔離くらいはされるだろうと千早は確信している。


「……まぁいいか。レスタと契約した以上、一般人になることは無理だったもんね」


 言葉が通じないよりよほどマシである……と思いたい。


「千早、そろそろ時間ではないのか?」

「あ、今日は魔導士の塔に行く日だっけ」


 レスタからの呼びかけに千早はキツネの精霊と別れ、慌てて部屋へと戻っていく。

 異世界から落ちてきたという千早を研究……観察……解剖したいと、一番最後に言っちゃいけない失言をした魔導士長が、精霊たちに睨まれつつも自身の好奇心を満たしたいのだと涙ながらに訴えてきたのは最近だ。最初に紹介された時、年齢はお孫さんがいらっしゃるジラール近衛騎士団長と同じくらいだが、魔力を持つ者は老化が遅いらしく見た目は三十代のイケメンであることに千早は驚いた。


 ラスニール騎士総団長(ショタジジィ)(40代)に続き年齢不詳のイケメン魔導士長(50代)である。ちょっぴり天然が入った彼は魔導士という変態どもを統べるに相応しい変人でもあったが、研究の理由はまっとうだったので協力することにしたのだ。

 なぜなら彼は千早がこの世界の言葉を聞き取れなかった理由をたった一日で突き止めた、まぎれもない天才だったからある。


 王城内であれば王族のプライベートな場所でない限りどこにでも出入りは自由だという許可をもらっている千早は、レスタがそばにいれば護衛なしでも歩けるようになった。なので部屋を出て金のライオンと共に王城の絢爛豪華な廊下から質実剛健な執務棟を通りぬけて、人の気配がないどことなく不気味な雰囲気の建物へと入っていく。


 もちろん入るときは身分証を呈示しなければならないそうだが、レスタがいれば顔パスで行けるので千早が使ったことは一度もない。


「魔導士長様~、こんにちは~」


 基本的に魔導士たちは大部屋で各自の仕事をこなす。パーテーションで区切られた中に椅子と机、主に眠るために使われるといっていたソファとサイドテーブルだけのシンプルな空間で皆が黙々と仕事をこなしていた。

 ちなみに個室でない理由は、昔研究に没頭しすぎて餓死した魔導士がいたらしく後片付けが(・・・・・)面倒(・・)だったかららしい。一体何日見つけられなかったのか詳しいことは千早の精神衛生上聞かなかったが、国の中枢で働く変態どもも納得の処置だったと言い訳のようなものは聞いたので、それでおしまいにした。


「お~、チハヤちゃん、いらっしゃ~い」


 大部屋の一番奥でもっさりした髪のひょろひょろと背の高い男が立ち上がり、ひらりと手を振る。彼に向かう途中で聞こえる奇声や小さな爆発音、ぶつぶつと何かをつぶやく声を無視して歩いていくと、黒いローブを着込んだ魔導士長が出迎えてくれた。


「今日もよろしくお願いします」

「はい、こちらこそ。レスタもありがとね」


 へらりと笑った顔はとても魔道という不思議を操る第一人者には見えない。どちらかといえば白衣を着て、眼鏡をかけて、無精ひげを生やし、たばこを吸っているのが似合いそうな風貌だ。ただ千早にはボサボサの茶髪の奥に隠れている緑の目にぞっとするほどの知性と理性が隠れているように見えていたが。


「ここで話すとみんなの邪魔になるから、個室に行こうか」


 一応来客用の応接室もあるらしいのだが、家具を傷つける可能性がある場合は実践室と呼ばれる殺風景な部屋を使うらしい。この部屋は多少の爆発にも耐えられると自慢気に説明されたが、そんな危険な実験に付き合うのかと最初は驚いたものだ。


「一応魔力を持たない君のための魔道は組んでみたんだよ。ただ実験……試すための人材がいなくてね」


 実験という物騒なワードにレスタの喉が鳴るが、いちいち気にしていたらこの人との話が続かないと気が付いたのは初日から。精霊王レスタの契約者である千早に気を使ってはくれるのだが、魔道のこととなると途端に周りが見えなくなる彼はちょこちょこと本音を漏らしていた。

 レスタが心配するほど酷い実験をされたことはないので手加減はしてくれているようなのだが、魔導士長が王弟という身分を持つがゆえに油断してはならないとラスニール騎士総団長からも助言をもらっている。

 だからなのだろうか。


「大丈夫。痛いことはしないし、おかしな術式は組んでないから、失敗しても軽い音がする程度だよ」


 簡易椅子に座ってなお高い位置にある魔導士長の顔は千早ではなく、その周囲にいる者たちに向けられていた。


「確かに作ってる最中も見てたけど、失敗して害になるような術式は組んでなかったよ」

 そう答えたのは灰色のウサギだ。


「だがな、かなり微量だけど雷の属性を入れてたよな? 失敗したときに弾けて痛くないか?」

 こちらはイタチである。


「魔力のない千早のために魔道の伝達に使ってるみたいだよ。これがないと千早に魔道が入らない(・・・・)

 最後はサルが付け加える。


「君たちねぇ……」


 さすがの魔導士長もあきれ気味だ。彼らは大部屋にいた魔導士を契約者に持つ精霊たちである。ちなみに魔導士長の精霊はリューという名のお猿さんだ。


「だってさ、千早はレスタの契約者だよ! 僕たちの大切な癒し手に痛い思いをさせたくない」


 リューが自分の契約者に言い募れば、周囲の精霊たちもうなずいて同意する。


「本当に癒し手はすごいな。今まで精霊たちのこんな反応なんて見たことがない。最初聞いたときは、レスタの契約者に箔をつけるためにラスニールあたりが適当につけたのかと思ってたけど……普通の契約者とどういう違いがあるんだろう? 魔力がないということとも関係があるんだろうか? だが契約者は普通に魔力持ちが多いし、逆に魔力が多いほうが精霊の契約者になれるという統計も……彼女だけが唯一の例外なんだろうか。君たちがもう少し判りやすく話してくれればもっと研究が進むのに」


 ガリガリと頭を掻きながら緑の目が椅子に座る研究対象に注がれる。するとそれまで黙って話を聞いていたレスタが小さく笑った。


「お前たちの愛情はどこからくる? 心はどこにある? それが答えられるか?」

「……今は無理ですね」


 正直に負けを認めた魔導士長は肩を落として落ち込んだ。観察するように見つめられて思わず力が入っていた千早の手にレスタがたてがみを擦り付けてくる。


「ありがと」


 ようやく緊張が解けてぎこちなく動いた千早に、思考を切り替えたらしい魔導士長が改めて魔道を行使するために近づいて行った。残念ながらここからが本番である。

 今日も無事に終わることを祈りながら、千早は周囲に浮かぶ魔法陣を興味深く見守っていた。


【次回嘘予告】

「本当にもったいないな。レスタの契約者なら私の後宮に入ることだってできるんだが」

「陛下、いい案ですわ! 陛下の後宮に入ればわたくしが可愛がって差し上げますわよ?」

「それなら俺が独身なんだ。俺の妻になればいい。お前、少年姿を気に入ってるだろう」


 国王、王妃、ラスニールの言葉に笑顔を引きつらせた千早は、お世話になっている身であろうとも言うべきことは言わなければならないと彼らを正面から見返した。


「私、ハーレムは嫌なんです!」

「え? 反対するのはそこなの?! 千早って時折面白いところに反応するよね。レスタだってハーレム作れる精霊なのに」

「ロイ。私は契約者に一途だが?」

「契約者がいなかったころの話を千早にしようか? よくそんなこと言えるよね? 僕の大事なミャアさん取ったくせに」

「レスタ……モテそうだもんね」

「いや、千早、それは誤解だ。ミャアはヤマネコの精霊だ。似た種族の精霊は相性がいいから私のそばにいただけだし、ミャアはロイのそばにいると襲いたくなるから逃げていただけだ」


(ネズミの精霊にヤマネコの精霊……別の意味で相性が良さそうだけど……異世界って奥が深いわ)

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[一言] 早く書いてねー次早く来てねぇ!鉄は熱いうちに打つんですよ〜!
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