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異世界女子、精霊の愛し子になる  作者: サトム
一章 異世界女子、精霊の契約者になる
5/26

異世界女子、芋掘りをする

この物語はファンタジーでフィクションです。

 宿は家族経営のホテルといった大きさと外観で、ちょっと贅沢なお宿といったイメージを受ける。宿泊する場所はどこでもいいと思っていたのだが、青とはいえ騎士が宿泊するには一定の安全確保が必要だと説明されれば千早に否やはない。


 部屋割りは千早とレスタ、メイサとリズ、騎士の四人となった。食事は併設のレストランで、騎士たちは半分に分かれて取る。食事に薬を盛られた時のための用心らしく、護衛は本来の職務じゃないと言いつつもしっかりと仕事をこなしていた。


 街に着いたのは夕刻前。外はまだ明るくて千早は二階の窓枠に座りながら道行く人々を観察する。顔立ちや皮膚の色は白色人種に似ているが千早のような黄色人種に近い人もいて、探せば黒色人種もいるかもしれない。だが髪や目の色は元の世界にはない色も多い。クライを筆頭とした白色の混ざった茶色や紫、レックスの赤やピンク、緑の目を持つ人はいただろうが髪はいないだろうし、今日気が付いたのだがジークの髪は黒だが日に当たると紺色に見えた。千早の黒髪とは根本的に色の種類が違ったのだ。きっともっと様々な色が溢れているのだろう。


 着ている服は綿や麻のような自然繊維に見え、王様のタイなどはシルクに見えたから、多分女性の高級下着やドレスはシルクもあるだろう。国王や騎士たちが身に着けている軍服は色も濃く発色も鮮やかだったが、眼下の人々の服は色は様々だが自然色のようにくすんでいるように見える。まだ鮮やかな染色技術が一般人の服にまで普及していないのかもしれない。


「私はこの色合いも好きだけどね」

 人々の体色が鮮やかなせいか自然な風合いの服はこの世界の人々によく合っていた。

「外を歩いてみるか?」

 レスタが興味深そうに訊ねてくるが千早は緩やかに首を横に振る。

「最初の外出で凄く興味をひかれるけど、ジラール団長の忠告を聞いて今回は諦めるよ」


 それは昨日の話。会談の終わりにイケオジな彼が苦悩の表情を浮かべて忠告してきたのだ。

『今回の外出は予定になかったことです。まだお披露目もすんでいない状態で、さらにチハヤ様の立ち位置すら不明なまま城外に出すことに私は不安を感じています。レスタ様も青騎士も万全を期すでしょうが、貴女は王族よりもこの国のことを知らない。それに身体は守られても心に傷を負わされることもあるのでしょう。ですからどうか今回は予定以外のことは行わないようお願いしたいのです』


 体格の良い壮年男性が眉を下げながら懇願してくれば、先ほどまで魅力にノックアウト寸前だった千早に防御することは不可能で。

『この人、判っててやってるわけじゃないよね? 天然よね?』

『ジラール団長はいつもこんな感じらしいですわ』

 と、メイサと二人でぼそぼそと話をすることで高鳴る鼓動を誤魔化したのはいい思い出だ。


「どうせこの世界にはずっといるからね。今回は大人しくしてるよ……それに今はおしりが痛くて歩きたくないし」

 サスペンションもコンクリートの道もない馬車旅の最大の犠牲は青くなった尻だった。情けなくも患部を押さえながらうめく千早にレスタは笑いながら問いかける。


「私なら舐めて治せるが?」

「それを知らせて私にどうしろと……」

 真っ赤になって呆れつつも言葉を濁した千早はそっと、本当にそっとベッドへと寝そべり、枕に顔を埋めてから続きを言った。

「……でもどうしても座れなくなったらオネガイシマス」

 背に腹は代えられない。尻もまた(しか)り。


 耳まで赤く染まった契約者の横に、喉の奥で男らしく笑ったライオンが「よくできました」と言わんがばかりに寄り添ったのはすぐのことだった。






 判っているのだ。物語は物語でしかないと。どうして護衛を付けられる身で独り歩きをするのか、ちょっとくらい大丈夫だろうと妙な自信を持って一人で不自然に行動する主人公を見るたびに、千早は無理やり自分を納得させてきた。そう(・・)しないと(・・・・)物語が(・・・)進まない(・・・・)から(・・)、だと。


「どうした?」

 隣に座るレックスが御者台に座る千早を心配そうにのぞき込み、次に視線が彼女の尻へと向いた。これは別に性的興味などではなく純粋に心配していることを千早は知っているから、苦笑しつつも違うのだと首を振る。

「いえ、ようやく着いたんだなぁと安心してしまって」

 そういって視線を向けるのは巨大な石壁だ。あれが目的地のカルシーム砦である。


 ジラール団長の忠告を聞いて外出を控え、さらにジークたちの護衛が良かったのか目立つトラブルもなく、一番心配をかけたことと言えば千早のおしりが青くなってしまったことくらいだったという至って平和な旅路であった。

「まぁ俺たちがついてるんだ。帰りも安心しな」

 そう言ってニカッと笑うレックスがわしゃわしゃと千早の頭を撫でる。当たり前なのだが千早の世界とは別とはいえ、そこに住む人々は様々なのだとこの旅で知った。レックスも慣れれば気のいい兄ちゃんで、騎士と言えども普通のどこにでもいるような青年なのだ。


「うん、よろしくね」

 ニッコリ笑ってから改めて壁を見上げる。積み上げられた石はだいたい建物の三階くらいの高さがあり、壁上には見回る騎士の姿も見えた。ということは壁の厚さは見た目以上のもので、人が乗り越えるのは許容しても破壊させることを許すつもりはないのだろう。


 街道は広く整地されており、もしここが陥落すれば容易に大人数を王都に送り込むことができる。千早たちで七日、ジークたち騎士が通常時移動するのに四日かかるというから軍隊ならば三日ほどで攻め込むことができるかもしれない。ここはこの国の大動脈なのだ。


 砦の門は三つ。見事に大中小と並び、一番大きい門は大型の馬車ですら三台でもすれ違えるほど。一番小さい門は騎馬が一頭通れるくらいだ。扉はどれも重厚な金属でできており、よほどのことがない限り破られることはないように見える。今は三つとも開け放たれて人々が平和そうに行き交っていた。

 馬車は流れに沿ってゆっくりと巨大な門をくぐる。石のアーチの高さは五メートルほどあり、天井は梁がなく隙間なく石が重なっていた。


「チハヤ、カルシーム砦にようこそ」

 御者のレックスが長い腕を優雅に前にあげて現れた街並みを指し示す。先を行くジークとリズもマントを脱いだ凛々しい騎士姿で堂々と入場し、門にいた騎士が馬車にむかって敬礼した。

「まずは砦に行くんだって。リーガは騎士総団長のそばにいないかもしれないから、居場所を聞き出さなきゃ」

 千早の太ももの上にいたロイが案内役を買って出て、街の仕組みを話し始める。


「街道は街をまっすぐ通っていて、ジークたちが詰める砦は国境側の壁の中にあるんだ。ここは砦に付随する街なんだけど人が最も行き交うから商家がお金を負担して壁を円形にしたらしいよ。いざというときは砦の騎士に自分たちを守ってもらうための安全投資だって言ってた。あとは砦で働く平民やその平民のための商人なんかも入ってるから、もうこの街全体がカルシーム砦だって認識だね」


 街道の広さは変わらず、しかし両脇には石造りの建物が隙間なく立ち並んでいた。高さは壁を超えることはないものの屋根ではなく屋上があるように見え、守護の観点から壁の上で町全体を見渡すことが出来るようにしてあるのだろう。今まで通ってきた街ではヨーロッパのようなカラフルで可愛らしい建物が多かったから、これは砦特有の造りなのかもしれない。街道沿いの建物はほとんどが商店か宿屋で、店頭販売を行っている店や卸売り専門の店など様々あるようだ。


 そして路地に目を向けるとアパートのような小窓と花の飾られたおしゃれなベランダが見え、建物同士をつなぐロープには洗濯物が風に揺れている。井戸端にはエプロンを付けたご婦人方が楽しそうに会話する姿や小さな子供たちが駆け回る、今まで通ってきた街となんら変わらない風景があった。


「千早! あそこは街の中心でカルシームの役所と道の反対に騎士団の詰所があるんだ」

 ロイが指さす先に窓の少ない武骨な造りの建物が現れた。二棟とも全体的にシンプルな造りの街の中でもひときわ重そう(・・・)に見える。時折レックスと馬を寄せたリズがあそこの食べ物が美味しいとか、どこの服が可愛いとか、どこだかの武器屋の主人は気難しいとか様々な情報を話してくれるうちに最西端の砦に到着した。


 国境に近いここは門が二つ、しかも直進ではなく壁の中でクランクになっているのか奥は石壁しか見えない。そしてそれぞれ独立した門は入国と出国を完全に分けているらしく、出国を待つ馬車や旅人が列になって並んでいた。


「着いたぞ」

 馬を預けたジークが手を差し伸べて、それを遠慮なく掴んだ千早がスカートを押さえながら飛び降りる。硬い地面の感覚に凝った体をほぐしながら笑うと肩に乗っていたロイがせわしげに鼻をヒクヒクさせて周囲を伺った。一瞬にして漂う緊迫感にジークの手は腰に下げた剣に伸び、油断なく周囲を見回す騎士たちの背後に壁の上から飛び降りた重量のある何かが着地したのはその直後である。


「!」

 とっさに庇われた千早がジークの広い背から覗き見ると、そこにいたのは体長五メートル以上ある白蛇だった。日差しを反射する美しい鱗に何の感情も浮かばない金色の目、真っ赤な舌を忙しなく出し入れし、胴の一番太いところは男性の太ももくらいある。

 それがぐっと頭を持ち上げて千早を見下ろしていた。


「リーガ」

 まるで蛇に睨まれたカエルのように身動きが取れずにいた千早は低く優しい精霊の声で我に返る。いつの間にか馬車をおりたレスタが千早の真横まで歩み寄り、いまだ微動だにしない大蛇を見上げていた。

「やぁ、レスタ」

 硬質で涼やかな声が白蛇から発せられ、それでも彼の視線は千早から逸れることはなく。なんとなく居心地が悪くてジークの背に避難すると、そこでようやくリーガはライオンに目を向けた。


「元気そうでなにより。これで約束の期限が終了したと認識する」

 感情の絡まない平坦な口調にレスタは柔らかく微笑んで頷く。


「君には苦労をかけた。本当に感謝するよ」

「礼には及ばない。精霊と人の契約は三日月の国にて結ばれた。お前が消えれば受け継ぐのは俺の役目だ。それより……」


 はちみつ色にトロリと溶けた金の目が千早を映す。蛇の表情は変わらないが今まで感情を浮かべることのなかったソレが笑うのを千早は見た。同時に寒気のような何かがぞくぞくと背筋を走り、再び視線を逸らせなくなる。


「ああ。私の契約者の千早だ。千早、彼が騎士総団長を契約者に持つ精霊リーガだ」

 不穏な気配に気づいていないのかいつものように紹介するレスタ。彼が警戒していないのだから大丈夫だと言い聞かせて千早が小さくお辞儀をするのと、どこからか飛んできたブーツが白蛇の後頭部に激突したのは同時だった。よほど勢いがあったのか大きく頭を傾げたリーガは固まったまま至極不満そうにブーツを投げつけてきた人物の名を呼ぶ。


「……ラス」

「俺は何度も言ったな、リーガ。その欲望に満ちた目を人に向けるのはやめろと。相手はレスタの契約者だぞ。いい加減他の精霊の契約者を食おうとするのは諦めろ」

「だが……」

「だがも、しかしも、けども、ちょっとだけもない。最近はずいぶんと制御できるようになったと思っていたら、俺の部屋まで届くほどの欲望を垂れ流しやがって。共感しちまう(契約者)の身になれ。三枚に下ろすぞ、クソが」


 巨大な白蛇に自分のブーツを直撃させて大変口汚く尊大に説教をし始めたのは黒の騎士服を着た十代前半の少年だ。ほっそりとした肢体に千早よりも低い身長、声変わり前の高い澄んだ声に燃えるような真紅の目が不機嫌そうに細められる。片足が靴下なのがどことなく滑稽だが、その身から感じる威圧感は他を圧倒していた。

 亜麻色の髪の間から整った顔がのぞき、その美少年ぶりに千早は驚く。


 会話から察するに白蛇の精霊に容赦なくブーツを投げつけたこの少年がリーガの契約者であり、ということは彼がこの国の騎士総団長であるということになるが。

「ああ、レスタ。到着早々申し訳なかった。こいつの節操のなさは私よりも知っていると思うが、契約者には不快な思いをさせたな」

 腰に手を当て憂い顔で謝罪しながら紅い目が千早を捕らえ……少年らしからぬ愉悦の笑みを浮かべる。


「私はラスニール・ド・クラウンベルド。この国の騎士総団長でリーガの契約者だ。歓迎しよう、レスタの契約者殿」

 騎士総団長などというこの国の最高司令官に名乗られて、再び感じた寒気の出所を探していた千早は慌ててお辞儀をした。

「皆川千早です。よろしくお願いします」

 じっと見つめられつつもレスタの隣で首を傾げれば、少年は千早を下から見上げながら人差し指をちょいちょい曲げて背後にいたリーガを呼ぶ。


「確かに面白いな」

「だろう? 今までにない匂いだ。こんなに香しい匂いは嗅いだことがない」

 遠慮なく近づいたリーガが再び二股に分かれた舌を出し入れしながら匂いを嗅ぎ、その巨大な体で千早を取り囲むように周囲をめぐった。

「あの……騎士総団長様?」

 一体何事だと慄く千早に少年は「失礼した」と一言謝ってからにこやかに笑う。

「私のことはラスと呼んでくれ。レスタには子供のころから世話になっているのだ。彼の契約者とも仲良くしたい。ところで君の名はミナガワかな? それともチハヤかな?」


 この世界に来て初めて名前を問われ千早は慄いた。誰も気にせず、親しい人以外わざと告げなかった事実をいとも容易く見破る彼に少しばかりの恐怖を覚えたのだ。青ざめ口ごもる千早を見たレスタが前に出て軽く睨むようにラスニールに視線を送ると、少年はいたずらがバレた子供のように苦笑いを浮かべた。

「レスタ、そう睨まないでくれ。君の契約者だって意地が悪いだろう? 家名と名前を逆に言っているのだから。理由は推測できるが私が彼女の思惑に乗ってやる義理はないのだよ」


 辛辣だが正論だ。誰だって誤解するような自己紹介をされたら不愉快になるだろうし、それを指摘されたからと言って相手を責めるのは筋違いだ。

「申し訳ありません。私の国では姓、名の順で名乗るのが一般的なのです。決して最初から騙すつもりはありませんでした」

 誤解を誘おうとはしていたが。素直に謝罪すれば唇の端を上げて笑うラスニールがまるで楽しいおもちゃを見つけたかのように真紅の目を輝かせる。


「謝罪は必要ないよ。俺はそういう小細工(無駄なあがき)をする聡い人間が大好きだからね。けれど君が本当に申し訳ないと思っているのなら、俺が君の名を呼ぶことを許してくれ。いいだろう? チハヤ」

 一人称が()に戻り、靴を履き終えた見た目王子様然とした美少年の笑みが黒く見える。これは寝た子を起こしたとか、鬼畜上司に目を付けられたとか、Sから獲物として認定されたとか、とにかく関わっちゃいけない人種に名前を憶えられてしまったのだけは判った。だからといって苗字で呼ぶようになどと言えるわけもなく。


 助けを求めるように護衛の青騎士を見てもジークとリズはさっと目を逸らすのみ。他は滞在の準備でここにおらず、彼らの上司の気質が周知の事実であることを確認しただけで終わると千早は早々に白旗を上げた。

「……はい、ラス様」

 人生には諦めることがいくつかある。これはその一つだと自分を説得している千早を観察していた白蛇が頬をペロリと舐めてきて。

「俺は指を一本食べたい」

 自ら悪食を暴露した神々しいまでに白い大蛇が契約者の少年に蹴り上げられて飛んでいくのを見ながら、どんな強敵であろうとも決して諦めてはいけないことがこの世の中にはあるのだと、次の瞬間に思い知った千早であった。






 精霊の長としての権威の委譲はもともと口約束程度だったらしい。当時レスタは魔女の呪いにかかっていて話をすることはできなくなっていたため、国王立ち合いの元で双方頷く程度だったとか。

「今更ではあった。レスタになにかあれば自然の(ことわり)で俺が受け継ぐのは決まっていたし」

 砦に来てから千早のそばを離れなくなったリーガがレスタとの会話に入ってくる。


 今は滞在二日目。ようやく外出の許可がおりてレスタとリーガを連れて散歩に出た千早だが、普通の娘にライオンと白蛇、そして護衛の騎士までいる訳の分からない集団になっていたため街の人々に遠巻きに観察されるという恥ずかしいことになっていた。


 それにしても精霊と人間の認識の差が凄いと歩きながら千早は改めて思う。契約の話をメイサに聞いた時も思ったが、権威の委譲とてこんな大げさな旅が必要だったのかと首を傾げるほどだったのだ。そう。到着したいざこざの中、レスタとリーガの間で交わされた会話によって目的は終わっていたのである。

 式典とか魔法(?)とかないのかと思わず突っ込んでしまったが、きっと誰も責めないはずだ。なぜケツを青くしてまで七日も旅をしなければならなかったのかと。


「じゃあ今回の旅は本当にジークさんたちを戻すためだけだったんだ。どこの世界にも見栄や矜持が一番大事って奴らはいるんだね」

 千早は自分のいた世界がここより優れているとはけして思わない。利便性や文明の発達は違うが、だからといって元の世界が人権を重視し、人々がみな自由で、誰もが幸せに暮らしていたなどと思わないからだ。人の欲や矜持といった『個』を確立するものは、得てして『他』との軋轢を生む。だがそれが人間であり、元の世界もこの世界も変わりないのは見ていれば理解できた。


 ジークたちが国境に飛ばされそうになった原因は千早とレスタだが、元から彼らは一部の貴族騎士たちに疎まれていたらしい。旅の間にリズに聞いた話によると、子供のころから剣術を厳しく仕込まれる貴族にしてみれば、成人してから騎士団に入り、それまで傭兵として戦ってきたものの正式に剣術を習うことなく騎士になった男に負けるということは大変屈辱らしいのだ。それが正式な騎士試合で傭兵仕込みの卑怯な手を一切使うことすらなかったならばなおさらだ、と彼女は大笑いしていたが。


 ちなみにリズは貴族子女だが四人いる兄たちに交じって遊びで剣術の稽古をしていたら誰よりも才能を見せたのだという。親戚の中には騎士になることを反対する者もいたが、親兄弟は「適材適所だろ」といって騎士団に放り込まれたという話を聞かせてくれた。貴族子女を才能があるからと騎士にするリズの家族が特殊なのか、この国の貴族という生き物がそういった特徴を持っているのかは不明である。

 とにかく何が言いたいのかというと、どんな世界でも屑はいるのだということだ。


「千早の世界にもいたのか?」

 ぴたりと寄り添ったレスタからの問いに千早は笑いながら答える。

「いたいた、ごく普通にいたよ。自己権利意識ばっかり持って義務を果たさない奴とか、過去にしがみついて人を見下してくるような奴とか」

 話しながら街道より一本裏通りにはいると、そこは市場や商店街といった雰囲気だ。露店がそこかしこでいい匂いを漂わせ、自分の知る野菜に似たものが大量に積まれて売られている。表通りよりも狭いが人と活気にあふれ、異世界式の生活感を色濃く漂わせていた。


「でも今回はそれに感謝だね。そうじゃなければ何も知らないまま偉い人たちと会わなきゃいけなかったから」

 別に魔王を倒してこいとか、生け贄にするとか、千早の意思を無視して嫁にして子供を産ませるとかじゃないからいいのだが、情報過多と言われる世界で生きてきた千早にとって何も知らないということは恐怖を感じるのだ。正直、検索サイトが恋しくなると思わなかった。ここにあればきっと『異世界』『暮らし方』『常識』で検索している自信がある。


「ふむ。確かに聡いな。レスタとラスが気に入るだけのことはある」

「え? レスタとラス様が同列なの?」

 リーガが納得するようにうなずき、驚く千早の質問に答えることなく更に裏路地に入った倉庫らしき建物の前で足(?)を止めた。


「この砦の名物、ユーグ芋はここで生産されている」

 土のついた麻袋を担いだ男たちが出入りし確かに芋はあるだろうが、食物を生産するには小さすぎる建物と屋根に千早は先ほどまでの疑問も忘れて首を傾げた。

「入ってみれば判る」

 自分の欲求は遠慮なく直接口に出すリーガだが、それ以外のことには口数が少なくなる精霊らしい。先導する彼の後に続けば人々は慣れた様子で道を開けてくれる。それどころかリーガに対して親しげに挨拶する者までいた。精霊が単独でいても変わりのない反応は、彼が契約者から離れて行動することがよく見られることなのかもしれないと推測できる。


 建物の内部は明かりが点けられ天井を支える柱以外壁もない広い空間が広がっていた。床は土が踏み固められ石のように固い。窓はあるものの腐葉土の匂いが鼻を突き、何より外よりも暖かかった。

「こちらだ」

 慣れた様子のリーガが案内したのは地面に空いた巨大な穴。淵は硬い岩盤に覆われ、その厚さは十五メートル以上あるように見える。素人目でも判る硬い岩をくり抜いたような穴は斜めに地下に降りていた。荷物を運ぶ男たちはそこを危なげなく行き来し、芋もまた地下から運ばれてくる。


「ここで生産しているのよね? 貯蔵じゃなくて」

 穴を掘れば一定温度を保つのは知っている。それを利用して食物を保存する方法もあるが、地下に降りていくにつれて上がる周囲の温度はビニールハウスを思い起こさせて千早は首を傾げた。光源が不明のランプに導かれて地下に降り切ると、そこにはハート形で黄緑色の葉をつけたツタが一面に生えている光景が目に入る。


「地熱を利用した地下栽培?」

 葉の色はもやしのようで不健康そうだが茎も葉も瑞々しく力強い。千早のつぶやきにリーガは金の目を瞬かせる。

「よく知っているな。ユーグ芋は地上で育てると葉も黒く、芋も赤くなり固くて苦くて食べられない。だがこうやって日差しを遮ってやると柔らかく甘みのある食べ物になる。そして地下で育てられた芋の中に時折紫の芋が混じることがあるのだ。それを我々は『妖精の一口』と呼んでいる」

 ずいぶんと可愛らしい名前に目を輝かせた千早に、口の端を釣り上げて笑った白蛇が体をずらし顔を畑に向けて尻尾で指し示す。


「さぁ、この中から見つけるといい」

「ええぇぇぇ!」

 太い柱が幾本も建つ広大な地下空洞に千早の叫びが木霊した。






「リーガの冗談は判りにくいです」

 ラスニールとの夕食会で今日の出来事を聞かれた千早は床でとぐろを巻く白蛇を睨みつつ正直な感想を漏らすと、少年の紅い目が興味を持って話の続きを促してくる。


「ジラール近衛騎士団長様に紫のユーグ芋の話をお聞きしたんです。なので手に入れたくて町中を散策中にリーガに相談したら直接畑へと連れて行ってくれたんですが、延々と続く畑の中から見つけてこいとからかわれまして……結局大変楽しく芋ほりをしてきました」


 畑を管理するおじさんたちと仲良くなって長靴を借り、大きいもので大人の肘までの長さ、子供の頭くらいの太さのユーグ芋掘りを体験できた。異世界に来て外での初めての体験が芋掘りとはこれいかに。

「目当ての物は見つかったかい?」

 ハーブをふんだんにまぶした中がまだ薄っすらピンク色のラムチョップを綺麗な仕草で切り分けながら「アレは本当に美味しいからね」と付け加えたラスニールに千早は機嫌よく頷き返す。


「私たちが来るちょっと前に珍しく連続で掘れたらしくて、ちゃんと市場の値段でレスタが買ってくれました。本当にありがとう」

 指ほどの長さのニンジンのグラッセにほうれん草とベーコン、そしてチーズがたっぷり入ったパリパリとした皮のキッシュを食べながら隣に座るライオンにお礼を言うと、レスタは蒼い目を和ませて千早の頬をペロリと舐めた。


「そなたは物を欲しがらぬからな。私としてはもっと甘えてもらいたいのだが」

 過保護な精霊の言葉にドキドキしつつ千早は苦笑して話を逸らす。

「紫のユーグ芋も希少価値が高いせいか驚くようなお値段でした。市場で売られていた野菜の値段と比べても桁が二つも違うので庶民ならかなり贅沢な、貴族の方々が食べるような食材だったんですね」

 元の世界でいえば松茸とか本マグロといったところだろうか。


「食べてみたか?」

「はい。おじさんたちが余計な手間をかけずにふかすのが一番美味しいと教えてくれたので、その場で。あんなに美味しい物、初めて食べました」


 元の世界はかなり食生活が満たされていたはずなのだが、それでも千早の人生でトップ5に入るくらいには美味しかった。その味を思い出してうっとりと顔を緩める千早にリーガがすり寄る。

「きっとお前も同じくらい美味いのだろうな」

 物理的に食べることを諦めていないリーガを人間二人が呆れたように見て、レスタは「グルゥ」と不機嫌そうな低い警告音を出した。


「彼女は私の契約者だ」

「いいじゃないか。指の一本や目玉の一つくらい……」

 まるでお菓子をねだる子供のように拗ねる白蛇だが、レスタの細められた視線に耐えかねたのか音もたてずにどこかへと消えていく。


「あ、そうそう。明日チハヤたちが帰るときに俺も便乗させてもらうことになったから」

 食後のデザートに出された紫ユーグ芋のアイスを夢中になって堪能していた千早にラスニールがさらりと告げた。まるでどこかに散歩に行くような気安さだと頭の隅で考えながらも驚いて顔を上げると、柔らかそうな亜麻色の髪を揺らして紅い目がニコリと微笑む。


「いろんな所から王都に戻るようにと催促があってね。なんでも精霊王に契約者が現れたのだが(やまい)の精霊王を脅して契約を結ばせたとか、精霊王が言葉を話せないのをいいことに契約者だと偽った者が居座っているとか、精霊王の変わり身を立てた偽の契約者がのさばっているとか。その者を排除してほしいという要請が俺とリーガにきているのだよ。まったく困った者がいるとは思わないか」


 これは……と千早はスプーンを持つ手を止めた。テーブルの向かいに座るラスニールは少年特有の可愛らしい笑顔を浮かべている。そう顔は笑顔なのだが……目が笑っていない。ドロドロイライラと黒いオーラが放たれている……ようにも感じられる。リーガの悪食など可愛いものに思えてくるくらいだから、ラスニールのそれは筋金入りだろう。


「そうですね」

 千早は当たり障りのない肯定を返しながらラスニールに催促したという人物の冥福を祈った。

「ふむ。そのような誤解があるのなら、やはり正式にお披露目せねばならないか」

 人の醜い部分を知ってもなお人を慈しむ精霊レスタは、どこか間違った方向に進みながらも千早のことを考えてくれる。その温かさがラスニールの言葉に傷付いた千早を優しく包んだのだった。


【次回嘘予告】


「ねぇ、ジークさん。騎士総団長って偉い人なんだよね?」

「青、緑、黒、白の騎士団全てを統括する人物だ」

「そんな人がこんな少数の護衛で動いていいの?」

「本当は良くはない。だがあの人はリーガ殿の契約者なんだ。判るか? あのリーガ殿を御している契約者なんだよ」

「???」

「いや、すまない。気にしないでくれ」

「滅茶苦茶青い顔でそんなこと言われても……」

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