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精霊王、願いをかなえる1

・このお話はフィクションでファンタジーです。

・レスタが人型になります。

・全二話で続きは明日です^^

 精霊以外訪れることのない魔女の森に小さな家を建てて千早とレスタが移り住んで一年。最低限の魔石を使った家財道具や井戸の扱いにも慣れて比較的充実した日々を送っていた。

 森に入るにあたって人との関わりを絶ち、訪ねてくるのは精霊のみ。彼らの話を聞いたりレスタが届けてくれる友人たちの手紙が外の世界を知る唯一の手段で、千早はそれを心待ちにしていた。


 そんなある日。

 家のドアが叩かれるという事態に千早は掃除をしていた手を止めて警戒もあらわに玄関を見つめていた。この森に人が立ち入ることはない。そして精霊たちはドアを叩くということはしないのだ。

 最初は風の音かと思ったが、明確に正確なテンポでノックされれば、それは人以外にあり得るはずがない。あいにくレスタは朝から不在で武器らしきものは調理道具のみという家のなか、千早は手に持っていたほうきを逆さに構えてドアの前に立った。


「どちら様ですか?」


 声の震えを悟られないように精いっぱい張った声で問えば、よくとおる低く聞きなれた声が返事を返す。


「ただいま」

「……っ、なんだ。レスタなのね。お帰りな、さ、い……」


 あー、びっくりした~とドアを開けて固まる千早。あんぐりと口を開けた間抜け面も気にならないほど驚いている様子に、ドアの前にいた男が小さく笑った。

 あたたかな光が降りそそぐ森を背景に、男は美しく背筋を伸ばして立っていた。


 見た目は三十代で身長は千早より頭一つ分以上高い。柔らかそうな濃い金髪を後ろになでつけ、切れ長の目は青く柔らかく千早を見ていた。高い鼻とほほ笑みを刻んだくちびるの配置は絶妙で、喉仏からボタンの外されたシャツへと続くラインは男の色気を引き立てていた。


 鍛えられた体躯に長い手足は白いシャツとズボンという簡素な服を身にまとい、それでもその魅力を損なうどころか見せつけているが、その雰囲気は穏やかな陽だまりのようで千早は息をのむ。


「……レスタ?」


 その身にまとう色も、雰囲気も、優しい声も、すべてが愛しい精霊と同じだ。ただ形が違うだけ。それなのに千早はその姿を見ると真っ赤になって固まった。


「ああ。魔女に払った対価の一部を使って一日だけ人の形にしてもらったのだが、どうだろうか」


 話し方はいつもと変わらない、千早を安心させる声と言葉だ。しばらく自分の体を観察していた彼が千早に視線を戻し、大きくて暖かい手で頬をそっと撫でる。


「このあいだ、そなたは私になにかしたいことがないか聞いてきただろう? そのあと考えついたのがこれだった」


 一歩だけ踏み出したレスタがそっといつも(・・・)のように千早を抱きしめるとそのまま抱き上げた。


「ぁ……」


 硬くたくましい男性の身体と草原のような香りに包まれ無意識に首に手を回しながらレスタの首筋に顔をすりつけると、毛におおわれていない素肌に違いを感じつつも慣れた熱さに安堵して体をゆだねる。素直に甘えたのが面白かったらしく小さく笑ったレスタだが、揺ぐことなく千早を運ぶと抱きかかえたままソファへと座った。


「魔女のところでそなたに告白したことに間違いはない。私はこうやってそなたに触れてみたかったのだよ」


 『泣いている千早を慰め、眠りについたらベッドへと運び、街で手をつなぎ一緒に歩いて、給餌をしたい』


 しぼりだすように告げられたレスタの願いは、本当に他愛のないもので、けれど本人にとって切実なものだったと思わせる口ぶりだった。彼の願いだというのにほとんど千早のために何かをしてやりたいという優しい気持ちからきているのがわかって、泣きそうになったのを覚えている。


「ここにきてそなたと暮らすようになって、さらにやりたいことが増えた。今日はそれをしてみようと思う」

「やりたいこと?」


 城にいたころと変わりない生活をしていたと思っていた千早は、慈愛に満ちた青い目を見上げて首を傾げた。


「そういうわけで千早、そなたの一日がほしい。私のしたいことをさせてくれないだろうか?」


 きらきらと楽しそうに願われなくとも拒否するつもりはなかったが、具体的な内容が語られなかったことに気づかぬまま千早は大きくうなずいたのだった。








「泣かせたいがために悲しませることはしたくなから、それは(はぶ)いて……」


 レスタが森の家でやりたかったこととは、一日千早を甘やかすということだった。

 ソファに座ったレスタの膝の上で今日一日はレスタのいうことを聞くという約束を交わすと、彼はどこからか取りだしたエプロンを身に着けて台所に立ち昼食を作り始める。


「初めてだからうまくできるかわからないが、そなたによろこんでもらえるように頑張ろう」


 シャツのそでをまくって筋肉のついた腕をさらしながらはにかむように笑うレスタに、千早は動揺しっぱなしだ。ソファに座り顔を真っ赤にして硬直しているしかない。

 なにこれ、なにかのサービス? ラス様の悪ふざけ? などと現実逃避気味ですらある。


 ごく平凡なカウンターキッチンに立つすらりと背の高い男性。柔らかそうな金の髪はうなじにかかるかかからないかという長さ。広い肩幅から楽しそうに作業するたくましい腕が伸び、引き締まったウエストでエプロンのひもがちょうちょう結びにされているのがかわいらしい。


 ときおり「おや?」とか「ん?」という小さな声が漏れるものかわいいし、千早の年齢に合わせて三十代の容姿なのにライオンの姿のときの癖なのか首をかしげる後ろ姿もかわいい。


「なんだろう。かわいいって感想しかでてこない……」


 抱き上げられたときは格好良くてドキドキしたが、一周回って落ちついてきたのかもしれない。窓からさし込む柔らかな日差しが当たる金髪に丸い耳や形のよい臀部にしっぽのまぼろしまで見えてきた。

 人との関係を完全に絶って一年。レスタやほかの精霊たちが遊びに来てくれているとはいえ人恋しかったのかもしれないと自分を顧みつつ、機嫌よく鼻歌を歌いながら料理をしている大切な人をおだやかに見守る。


「あとは煮込んでできあがりだな。パンは……申し訳ないが今朝千早が焼いたものを使わせてもらう。サラダとデザート……は買ってきたし……」


 ぶつぶつとこれからの段取りをつぶやきながら、意識しないままに千早を抱きあげて膝にのせるとソファに座った。


「さて。次は」


 するりと大きくて暖かい手が千早の手を取って指を交互に絡めて手をつないでくる。


「な、なに?」

「王都でジークと外出したときに手をつないだと聞いたが、こう(・・)ではないだろうな? これは恋人同士のつなぎ方だと聞いたのだが」


 にぎにぎと手を握りなら低い声で耳元にささやかれれば腰が抜けそうになり、慌てて顔を見れば青い目が溶けるように甘く見つめ返された。


「あ、や、違う、けど」


 先ほどから繰り出される攻撃をすべて受けていてすでに瀕死状態だが、今日はまだ始まったばかり。こんなことならいったいなにをする気なのか聞いておけばよかったと思ったものの、たぶん聞いていても受けるダメージは変わらなかっただろうとすぐにあきらめた。


「そうか、よかった。それなら昼食をとったら手をつないで散歩に行こう。街中ではないが手をつなげるだけで幸せだしじゅうぶんうれしい」


 人の形になったから頬をうっすら染めて自分の心情を素直に吐露されると身震いするほど恥ずかしくなるが、レスタは楽しそうに笑ったままつないだ手を離さない。膝の上に座り片方の手をつないで、残りの腕は抱きしめるかのように背中から腰に回っていた。


「うん。私もうれしい」


 だが恥ずかしいことは恥ずかしいがどうせ誰も見ていないのだからと素直になるのは簡単だった。なによりレスタの声と気配は一緒で、目をつぶってしまえばなんの違和感もなく寄り添うことができたのだ。

 千早が体を預けて素直に甘えればレスタは頬をすりすりと頭にこすりつけて満足そうに一息ついていると、野菜の煮えるいい匂いが部屋中に漂い朝から洗濯や掃除に動いていた千早のおなかが小さく鳴った。


「まもなく昼食ができるからそなたはイスに座って待っていなさい。私がすべて用意しよう」


 クスクスと笑いながら千早をダイニングの椅子に座らせたレスタは、再びキッチンに立つと少しぎこちない動きで野菜とお肉のスープをよそってテーブルへと運んできた。リーガが作ってくれた保冷庫からサラダとドレッシングをだし、朝に焼いていたパンをスライスしてテーブルに置くと千早の左隣に座る。


 テーブルには温かな湯気をあげる薄い琥珀色のスープと五種類の生野菜にクルトンやフライドオニオンが乗ったサラダ、クルミもどきが入ったパンと干しブドウの入ったパンの二種類が一人前で用意されていた。


「レスタ。カトラリーが一人分しかないけど?」

「ああ、大丈夫だよ」


 そういっておもむろにスプーンを持つとスープをすくってさしだす。


「……」

「さぁ、温かいうちに食べるといい」


 これはなんだと困惑している暇すらなくさしだされるままスープを口に入れた。すごく美味しいというわけではなく少し味の薄い普通のスープで、確かに食事を必要としない精霊に料理は難しかったのかもしれない。でも――


「おいしい」


 自分の作った料理を食べさせたいというレスタの気持ちがうれしくて、千早はこれまで食べたどんなスープよりおいしいと思えた。それからサラダ、パンと一口大にしてかいがいしく楽しそうに食べされられていく。


「本当は膝の上にのせて食べさせたかったのだが、さすがにそれはマナー違反だからね。でもこれは想像以上に楽しいな。毎日でもやりたいくらいだ」


 うきうきと手を動かすレスタを見て、彼が楽しくて満足ならいいかぁと開き直ることにした。なぜなら千早が望むのはレスタの幸せだ。レスタが幸せなら多少恥ずかしいくらいいくらでも我慢できる。


「こういうのは特別がいいんだよ」


 ふわふわと笑いながら完食するとレスタは使用した食器を片手に再びキッチンへと向かって片づけを始めた。


「手伝うよ」


 慌てて立ち上がるとエプロンをつけた彼が笑いながら振り返った。


「いいや。いつもは後片付けもできないのだ。今日くらいは私にやらせてほしい」


 キラキラと本当に楽しそうに食器を洗いだしたレスタは鼻歌まで歌いながらてきぱきと作業を終わらせ、ソファに置いてあったストールを手に取って千早の肩にそっとかける。


「さぁ、外に散歩に行こうか」


 もう一度指と指を絡めてつなぎなおし、二人は家から出て穏やかな日差しが降り注ぐ森へと歩みを進めた。

 ふわりと柔らかな風が舞う。レスタが力を使ったのだと気がついてみあげると、つないだ手にかすかに力を込めた彼が目じりを下げて謝った。


「すまぬ。だが魔力がそなたに与える影響を知ってしまっては見過ごすことはできぬよ」


 魔力をまったく持っていない者に魔力は毒となる。


 それが判ったのは三年前。しつこいくらいに魔力無し(千早)を研究していた魔導士長は、千早に魔力を入れるという作業の工程の中であまりにも馴染まない身体に疑問を持ったらしい。まるで害のあるものを自然と体が拒否するように感じた彼が、医者と研究を進めて突き止めたのだ。


 それから詳しく調べていくうちに空気中に含まれている魔力ですら常に千早を害し続けていると判明すると、レスタと話しあって魔女の森へと引きこもった。さらに精霊に協力してもらい小屋の周囲に精霊力の結界を張って魔力を極力遮断した生活を送っている。


 人から発せられる魔力ですら千早の寿命を縮めると判ってからレスタの保護が手厚くなったし、千早は自分の老化速度も考慮して人とかかわることをやめたのだ。千早が見ている世界(他人)はなにも変わらなかったが、自分を見る彼らの視線に憂うもの(千早の変化)を感じればともに生活していくのは難しかったのである。


「大丈夫だけどレスタは無理していない?」


 精霊の力で人の形になるのは魂の負担になるらしい。だからこそ精霊は人の姿を取れぬのだ。魂が疲弊してしまうから無意識に能力に制限がかかっているのだとか。


「平気だ。魔女が最低限の魔力と魔術陣で姿を変えてくれたから一日だけなら負担は少ないよ」


 ゆっくりと歩きながらお互いの体温を感じて鼓動を確かめ合うように触れ合う。硬くて大きい男性の手。いつもより高い位置にある青い瞳。二人分の足音。いつもと違うのにいつもと同じ優しい気持ち。

 森の中で歩く二人に会話はないが穏やかで、昼食後の散歩を楽しむと家に戻って再びソファに座った。


「さて次は……」


 まだ続くのかと一瞬だけ思った千早は悪くない。


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