異世界女子の経過報告 その二
このお話はファンタジーでフィクションです。
一年後。エーレクロン王国王城、執務棟の一室。
最高機密を扱う区画にある警備の厳重なそこには国王サラディウスと第一王子ファリシオン、カルシーム砦から帰ってきたばかりのクラウンベルド公爵ラスニールと白蛇の精霊リーガ、そして青騎士ジーク・フィールドが集まっていた。いつものように入り口近くの壁際に直立不動のジークを除いて全員が席に着き、書類を手に真剣な面持ちで話し合う。
「レスタが消えてから約一年が過ぎた。相変わらずレスタの位置は変わってないのだな?」
国王の質問にラスニールがお手上げとばかりに頷く。
「チハヤが言うには変わっていないらしい」
「だがここ一年はお前についてカルシーム砦で生活していたのだろう? 距離は関係なかったのか」
「精霊と契約者の絆は大陸の端から端でも問題ない。国王なら知ってるだろ? それともスノーを国外に出したことがないのか?」
呆れたようなリーガの言葉に部屋全体がかすかな緊張に満たされるが、揶揄された国王は小さく笑って反論した。
「スノーは鷲の精霊だぞ。長距離は飛べまい」
「俺たちは精霊だ。移動方法は関係ないし蛇だって数日で隣国まで行ける」
「リーガ」
ラスニールの咎める言葉に白蛇は顔を背けるとジークのそばでとぐろを巻く。仕方がなさそうに小さく笑った公爵は気を取り直してカルシーム砦での千早の様子を報告し始めた。
「チハヤは騎士団の砦で真面目に働いていた。仕事は精霊の癒し手と私の補佐で、普通に食事も取っていたし眠れてもいた。少し落ち込んではいたが落ち着いている」
「待て、チハヤは今精霊の言葉を聞くことができないんじゃなかったのか?」
「話をするだけが癒し手の仕事じゃない」
「**リーガ****」
ファリシオンの言葉にも噛みつくリーガにまたもや契約者からの注意が飛ぶ。
千早の近くにいる精霊ほど現在の状況にイラついていて、表に出ない彼女の心理に影響されていることはこの部屋にいる人物のすべてが理解していた。唯一平静を保っているように見えるのはジークの精霊ロイだけ。それも千早の一番そばにいるからこそ隠してもいるのだが。
「魔女に話を聞ければ解決するんだがな」
「無理だ。魔女は誰とも会わない。唯一会えるのはレスタだけで、彼が消えればリーガがその役割を受け継ぐはずだった」
「一年前から何も変わらず、か」
重い溜息をついた国王に同意するように沈黙が満ちた部屋に、ネズミの精霊ロイが駆け込んできたのはすぐだった。
「ジーク、いる!?」
扉の外で護衛していた黒騎士が通したのではなく彼が無理やり押し入ったらしい。止める黒騎士を無視した彼は自分の契約者に助けを求めた。
「千早がカルシーム砦からの旅装のままレスタに会いに行くって! 魔女の森に行くって城を出ていこうとしてるんだ! 今リズたちが止めてる!」
「場所は!」
「東門、通用口!」
「お前は先に行ってチハヤから離れるな!」
魔力のない千早の行方が判らなくなったら探し出すのが困難だが、もし千早を見失ってもロイがそばにいれば契約者のジークには居場所が判るし、千早の身を守るのもロイがいれば事足りる。
「閣下」
「許可する。引き止めろ」
騎士総団長の許可がでるとすぐに青騎士が部屋から飛び出していく。
それを見送ったこの国の最高権力者たちは優雅に立ち上がりながら、これから必要な手続きをするべく視線を交差させた。
「まぁ、チハヤが動くのが事態を解決するのに一番手っ取り早いんだけどね。よく一年も待ったな」
「我慢強い子だよ」
ファリシオンに同意するサラディウス国王は後見人のラスニールの表情を見て秘書官を呼んだ。
「ここ半年のラスニールの予定で絶対外せないものはあるか?」
「マーチスタ王国のコア姫との顔合わせくらいですが……」
「すぐに予定の取り消しを行え。それからそれ以外の予定も全てだ」
「かしこまりました」
「父上?」
突然の指示に驚くファリシオンには応えず、国王は翡翠の目を片時も揺らすことのない男へと顔を向ける。対するラスニールは楽しそうに笑っていた。
「千早と一緒にレスタのもとに行ってくれるか」
「ああ、任せろ。そのための公爵位だ」
この国は昔から魔女を抱えて栄えてきた。魔女がいつから存在するのか定かではないが、エーレクロン王国の初代国王とある契約をしたと言われている。
曰く『魔女の森に立ち入るな。眠りを妨げるな。静寂を破るな』
歴代の王はこの契約を守り、国は栄えても魔女の森に立ち入ることはしなかった。
だがある時、子供が森に迷い込み探すために多くの大人が森に分け入ると森の奥から巨大な魔物が現れた。驚いた当時の王子の一人が精霊の力を借りて魔女のもとに行き許しを請うと、魔女はその精霊のみ立ち入ることを許したという。後にその王子はクランベルド公爵として王国を支え、彼の精霊は精霊王と呼称されるようになった。
先ほどラスニールも言っていた通り精霊王レスタのみが魔女に会うことが叶い、そして精霊たちが人と森の間に立ってきたのだ。
それ以来クランベルド公爵は国王の血縁のみが受け継ぐ爵位となった。
「俺の首一つで間に合えばいいが」
ラスニールのつぶやきにファリシオンは声もなく驚き、リーガが嫌そうに赤い目を向ける。
「魔女はそんなものいらないよ」
「お前も付き合うか? リーガ」
「当たり前だ。契約者を一人で行かせられるか」
「さて、それならチハヤに少し待つように説得しに行くか。準備もあるし、砦から帰ったばかりで休息も必要だとな」
軽口をたたきながら部屋を出ていくラスニールとリーガを見送ると、国王は第一王子に命じる。
「お前は万が一のために次代のクラウンベルド公爵の選定に入れ」
それが次期国王の責務だと冷徹に言い放つ父親に頭を下げた銀の王子も、堅い雰囲気のまま部屋を後にしたのだった。
【こぼれ話】
「……なぁ、リーガ」
「なんだ、ラス」
「……お前って意外とツンデレなんだな。魔女の森まで付き合うとは思わなかったぞ」
「はぁ? なんの事かは知らないがお前は私の契約者だぞ」
「ああ」
「契約者が行くのなら私も行くに決まっている。離れてどうするんだ。私はお前の精霊なんだぞ」
「…………デレ期継続中か!」
「まったく。お前のような魔力だけ豊富な人間を一人にしておけるか」
「俺はお前に慕われていたと理解したよ」




