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異世界女子、精霊の愛し子になる  作者: サトム
二章 異世界女子、異世界で生活してみる
17/26

異世界女子、騎士の上に乗る

このお話はフィクションでファンタジーです。

2021/2/18 ハッピーエンドタグを外しました。詳しいことは活動報告にて。


 とりあえず夜会に出席して顔見せを終えれば世間体は保てると後見人(ラスニール)は面倒くさそうに言った。もともと他の精霊ならば顔見せの必要もないのだから、これはレスタの契約者でいるための面倒の一つなのだと理解した千早はこれでいち段落付いたと肩の力を抜く。

 自立への道やこの世界での自分の立ち位置といったものも少しずつ理解してきたし、味方も知り合いも増えたことで不安と孤独がある程度解消された千早は、それでもこれからどうするべきかを決めかねていた。


「それほど急ぐ必要はないと思うが」


 久しぶりの休日だとラスニールにお茶に誘われた千早の話に見目麗しい少年は優雅に首をかしげる。整った顔だというのに少女には見えないのだから生粋のイケメン顔なのだろうとまったりと眺めていると、どこからともなくリーガも千早の座っているソファへと上がってきた。


「わかってはいるんです。私はラス様のお世話にならないとこの世界では生きにくいことも、平民としては役立たずだということも。もうそこは諦めて、幸運に感謝しながら生きていこうと思っているんですが……」


 レスタを撫でながら自分の中の違和感と向き合うように言葉を紡ぐ。気持ちよさそうに目を細めたレスタと、それを(うらや)ましそうに見るリーガ。どこまでも自由で気ままな精霊たちに癒されながら、美味しいお茶をいただいた。


「王家に近すぎるか?」

「王家というよりは貴族に」


 正直な意見を言うと紅い目を細めて蠱惑的に笑うラスニール。夜会の後からクランベルド公爵邸にぞくぞくと届くあらゆる種類の招待状に千早が辟易しているのを見ていた彼は、しばらく悩む姿を楽しんでから一つの提案をしてきた。


「それなら俺と一緒にカルシーム砦に行くか?」


 そこなら騎士団の最高司令官であるラスニールが治める街である。しがらみや付き合いといった貴族の面倒なことはほとんど免除されるし、わざわざ千早に会うために国境の砦まで赴く者はいないだろう。

 勉強ならどこでもできるし、カルシーム砦ならレスタと出歩いてもなんら問題はない。


「そなたのしたいようにするといい」

「千早が一緒ならとても嬉しいな」


 レスタは気負うことなく千早の希望を叶えようとするし、リーガは契約者に似た素敵な言葉を掛けてくれる。


「でも精霊の愛し子としての仕事もあるし……」


 それでもなんだかんだと王都の精霊は多くて、千早がいなくても困らないがいた方が物事を円滑に進めることができるといわれるようになってきたのだ。能力も知識も普通でしかない千早にできる一番高収入な仕事を手放すのが惜しくて躊躇していると、すり寄って甘えていたリーガが綺麗な紅い目を(またた)かせる。


「千早が無理に働く必要はないよ。それよりも魔力のないお前は」

「ナナリーガウェイン!!」


 突然ラスニールから発せられた怒声に室内が静まり返り、千早は驚いてお茶を飲む手が止まった。普段は意地悪そうに輝く少年の目が鋭く自分の精霊を睨み、白蛇はバツが悪そうにそっと視線を外す。


「いや、すまない。うっかり秘密を話すところだった」

「リーガ。秘密とか機密とか口外無用とか、そういう話はやめてって言ってるじゃない」

「本当にすまない。だが秘密とか内緒話というものは誰かに話したくなるものなのだ」


 ふざけた口調でフォローする千早の意図を汲んで、俗っぽい内容で話を合わせてきたリーガにレスタが笑った。


「人は秘密が好きなのだと思っていたが、千早のそばにいるとそれもまた良し悪しなのだと学んだよ」


 怒気を収めたラスニールが自身を落ち着かせるように一口お茶を飲んで大きく息を吐く。


「怒鳴ってすまなかった」


 片手で目元を覆ってソファにもたれ掛かった彼に千早は小さく微笑んで話題を変えた。


「それにしてもさっきの名前はリーガの真名ですか?」


 巨体のわりに可愛い名前だと続けるつもりだった千早は、その場にいた全員に一斉に視線を向けられたことで息を止める。


「え? なに?」


 おかしなことは何も言っていないと冷や汗をかくほどの真剣さで見つめあうこと数秒。


「千早」


 いち早く動き出したレスタが不安に揺れる名を呼び、いつの間にかたてがみをきつく握ってしまっていたことに気づいて軋む指をそっと剥がした千早は黄金のライオンを見た。


「先ほどラスニールが呼んだリーガの名が全部聞こえたのか?」


 問われるままに頷くとスルリとすり寄ってきたリーガがいつになく優しい声で話しかける。


「千早、大丈夫。そんなに不安がることはない。レスタも落ち着け。私とラスの契約が切れたわけではないよ」

「ああ。相変わらず飢餓感は伝わってきているな」


 不愉快だと言わんがばかりの悪態だが、どこか安堵しているようにも感じるラスニール。じりじりとした焦燥感に固まる千早にレスタがすり寄った。


「先ほどラスニールが呼んだ名はリーガの真名だろう。私には『リーガ』の部分しか聞き取れなかったのだ」


 目の前で名を呼んだのだからレスタにも聞こえていたはずだと体を震わせる。


「千早。私の真名を言ってごらん?」


 真っ白に輝く鱗をくねらせてリーガは穏やかに(うなが)し、千早は大変なことになるのではないかと震える唇で小さく彼の名を呼んだ。


「ナナリーガウェイン」

「正しい真名だ」

「私にも『リーガ』の部分しか聞こえないな。では私の真名を呼んでごらん」


 いい子だと甘やかすようなリーガに続いたレスタの要求に(まと)まらない頭で素直に従った。


「レスタヴィルクード」

「レスタ、の後は聞き取れない」

「同じく」


 確認を終えて安堵する三人を千早はまだ不安な表情で見守る。けれどここまでくると彼らが何に驚いたのかようやく理解できて来た。

 精霊とその契約者以外聞こえないはずの真名が千早には聞こえてしまったのだ。精霊との契約に基づく鍵でもあるソレを、契約者以外の人間が知ったということ自体が異常であるのだろう。


「ラスほどじゃないが千早の言葉にも強制力……とも違うな。なんていうか……」


 目をつぶって微妙な感情を言葉にしようとするリーガ。


「願いを叶えてやりたくなるような魅力、とても言えばいいのか。そんな感じの力を感じた」

「過去の精霊の愛し子にも同じ能力があったのだろうが、他の精霊の真名を聞く機会がなかったんだろう」

「お前は私の真名を軽く呼ぶからな」


 自分の契約者に苦言を呈した白大蛇は、大事な真名を知られたというのにどこか満足げに千早の頬へとすり寄った。


「だが千早になら知られても構わないな。多分ほかの精霊も同じく思うだろう。だからそんなに気にしないでくれ」


 慰めるように体に巻き付いたリーガがくすぐったくて小さく笑った千早は、無意識に入っていた肩の力を抜いて白い(うろこ)を優しく撫でる。反対の手で常に寄り添ってくれるレスタのたてがみを撫でながら、ふっとレスタの真名がラスニールたちに聞こえなくて良かったと思った。

 小さな独占欲に(あき)れながらも、なぜか突然いいこと考えた!と言い出しそうな顔をしたラスニールを見て千早は背筋を震わせる。


「なぁ、チハヤ。ちょっと『釣り』に付き合わないか?」

「なんですかね、ラス様。笑顔はとっても楽しそうなんですけど背筋が寒いです」

「ああ。頭の痛い案件がお前のおかげで片付くかもしれないんだ。楽しくもなるさ」

「それは今の真名を聞き取れる、という特技と関係があるのですね……」

「それに関しては誰にも言うなよ? こちらで必要な人間には報告するが、こんな能力はたぶんお前(愛し子)だけだろうし」


 この世界の人は想定外のことがあってもただでは起きない人たちが多いなぁとぼんやりと見守っていたが、本当はそれどころじゃなかったと思い知るのはしばらく後の話である。









 あの後に真名とは何かを説明されたが、千早にはいまいちピンとこなかった。心臓を捕まれてるって感じ?と聞いたらずいぶん物騒だなとラスニールに返されたので、魔力のない千早には判らない感覚(ナニか)なのだろう。

 知られたからと言って相手を支配するとか行動を意のままに操るとかはできないと安心していたら、お前は怖いことを考えるんだなと再び言われてしまった。普段から物騒な噂と行動をしている男性(騎士総団長)に言われてちょっとへこんだが、レスタやリーガが甘やかしてくれたので気にしないことにする。


 そして今日は青騎士団で自主訓練をしているリズに話を聞くために、王城の北西に位置する青騎士棟にレスタとともに千早は訪れていた。

 白壁に青い陶器の屋根を持つ優美な城に対して、石ともコンクリートとも違う不思議な材質の灰色の壁を持つ騎士棟に見慣れた何かを思い出して懐かしく見上げる。形としては三階建ての学校の校舎のように四角くて、入り口がすごく大きいのもどことなく似ている気がする。効率を優先すれば異世界だろうと似た形になるのかもしれない。


 建物内部はいたってシンプルで、ドレスを着ていても引っかかる心配をせずに済みそうだと思ったのは千早が庶民だからだろう。


 そして今千早がいるのはジークの上である。

 比喩ではない。

 最初は訓練所にいるリズと話をしにきたはずだ。リズは貴族令嬢でありながら平民出身が多い青騎士団に所属しているので、平民の中にいる貴族とはどういうものなのかと聞きに来たのだが。


 青騎士団の訓練所は千早の主観だが青年から壮年まで取り揃えた鑑賞に値する場所だった。グラウンドのようにむき出しの地面の上で薄着の男たちと少数の凛々しい女性たちが走ったり、筋トレをしたり、戦っていたり、障害物を超える訓練をしているのだ。


 ここまで壮観だと顔の造作など些細な事に思えるほど、たくましい身体と躍動感あふれる動きに思わず魅入ってしまう。むき出しの腕や上半身に光る汗も、真剣に相手を見つめる鋭い眼差しも、交わされる張りのある掛け声も、常に自分を追い込んで鍛えてきた騎士たちの作る光景はとても美しかった。


「っていうか、本物の軍隊だわ」


 しばし圧倒される景色を眺めた後、レスタに促されて気を取り直した千早は親切なおじさま騎士方に案内されてジークたちの小隊がいる一区画へとたどり着く。そこには倒立腕立て伏せをしているジークとガレイン、背中に重りを載せて腕立て伏せをする双子騎士と赤毛のレックス、そして速さはないものの正確なテンポで腕立てをするリズがいた。


「すごい……これ、重さはどれくらいあるの、うわっ」


 思わず背に重りを乗せいているレックスのそばでしゃがんで問えば、案内をしてくれたおじ様騎士が千早をひょいっと後ろから抱き上げて豪快に笑う。


「フィールド小隊長。出来るな(・・・・)?」


 いかにもジークよりも階位の高そうな物言いに、ジークは倒立を止めて一つうなずき普通の腕立て伏せの態勢をとった。リズが慌ててタオルをジークのむき出しの背中にかけると、男性は何をするのかまったく理解していない千早をそこに乗せる。


「腕立て三十回!」

「了解!」

「始め! いち! に!」


 いつもの物静かな青年とは異なる強い声に固まった千早を乗せたまま、青年は力強く上下に動き出す。小刻みに上下に動いているものの不安定さはまったくなく、むしろ馬の背より安心して乗っていられた。折りたたんだ足と手のひらの下で規則正しく動く筋肉、短く吐かれる鋭い呼気、体から立ち上る熱気に興奮で鳥肌が立つ。


 三十回などあっという間だったのか思いの外長く感じたのかすら判らぬまま、呆然としていた千早を乗せていたジークの腕がぴたりと止まった。


「君くらいの重さなら担いで長距離も走れるように訓練しているからな。格好いいだろう?」


 ゆっくりと降りた千早と立ち上がりながら汗を拭くジークに、おじ様騎士はいいことをしたような爽やかな笑みを浮かべて小さく手を振り去っていく。その間にジークの身体のたくましさに真っ赤になっていた千早は、レスタにしがみついてようやく落ち着きを取り戻した。


「世話焼きおじさんって感じだね」

「青騎士の婚姻率を上げようと頑張っているのよ」


 羞恥に目を潤ませた千早に貴族令嬢とは思えない軽さで朗らかに笑うリズが水を飲みながら教えてくれる。


「騎士ってモテないの?」

「もて……?」

「えっと、人気なんじゃないの?」


 モテるが通じなかったと驚いた千早にリズは小さく肩を(すく)めた。


「一年の砦勤務と半年の内勤の繰り返しじゃ、恋人なんて長続きしないわよ~。砦もカルシームの他に三つあって、どこに派遣されるかは判らないから砦にも作れない」

「軍隊も真っ青の劣悪な環境ね……うちの国がどうなのかなんて実際は知らないけど」


 それでも休暇の半年で恋人を作り一年の遠距離恋愛を経て結婚したり、休暇という名の内勤を王都から砦に変更して砦の恋人との仲を深めたり、騎士同士で結婚したりとそれほど悪いものではないらしいが。


「まぁ騎士団なんて若いうちに務めて、ある程度年を取ったら町や村の駐在騎士になったりして家庭を持つ人もいるからね。で? 今日はどうしたの? ジークに乗りに来たわけじゃないんでしょ?」


 騎士団特有のノリで話すリズの頭を双子騎士のクライが軽くはたいて注意する。運動直後のテンションにたじろぎつつも総菜パンやお菓子の入った籠を持ち上げながら千早は笑った。


「そうだね。ちょっと予定外だったけどまずはお昼作ってきたから一緒に食べながら話そうよ」


 あらかじめジークの小隊のみんなとお昼をとる約束はしている。今まで体を鍛えていた彼らにまずは腹ごしらえを勧めれば、身支度を整えてから青騎士棟の食堂へと集まった。


「いろんな具が入ってる。美味いな」


 訓練中の凛々しい雰囲気から一転、いつもの穏やかで優しい空気をまとったジークがしみじみとつぶやく。

 この世界のパンは千早の世界とほぼ同じものだ。だからサンドイッチに似た料理があったので、ちょっと(ひね)って総菜パンを作ってみたのだ。といってもいつも食べているおかずをパンに詰めたり巻いたりしただけだが、食にうるさい人種だった千早の舌にも満足できるものに仕上がっていた。

 千早が多めに作ってきた昼食はあっという間になくなり、足りない分を食堂の食事を追加する形で昼食は和やかに進む。


「で? 聞きたい話って?」

「リズにね。こんな話を聞いていいのかどうか判らないから、失礼な質問だったり、答えたくないときはそう言って」


 千早の様子がいつもより深刻そうに見えたのか、一足早く食事を終えたリズがお茶を飲みながら小さく首を(かし)げる。


「貴族のような身分の高い人が一般人に混じるってどんな感じなの?」


 リズは貴族子女でありながら平民の集まりである青騎士団に属している。実は貴族子女で青騎士団に属している女性は数人いて(のち)に白騎士として女性王族専属騎士となるのだが、それを知らされるのはごく一部のみだという。優秀な王家の諜報部員が子女の資質を見極めてスカウトし、青騎士団で鍛えてから秘密裏に移動するのだ。護衛中は侍女の姿になることが多いらしく、武器を使わない戦い方や必要と思われる(わざ)を青騎士団で学ぶのだという。


 この話は王族と騎士総団長と一部の騎士のみが知る事実なので千早が聞いたときは本気で命の心配をしたが、今のところ生きているので許されているのだろう。話したのは国王の精霊(白鷲)スノーだし、えらい人たちもあきらめたのかもしれないが。


「ラス様に聞いても貴族の生活か騎士生活しか知らないし、魔力が豊富だから魔力の少ない人の生活が判らないと正直に答えてくださったわ」


 魔力の量は個人によるが、やはり平民よりも貴族のほうが多いようだ。そして少ない人は何かしらの不自由があり、王都は国の中枢だけあってその手の補助は充実しているのだ。千早の感覚でいえばバリアフリーといったところだが、これが地方都市となるとそうもいかないらしい。


 リズならばクランベルド別邸に遊びに来たことがあって、千早が今どのような暮らしをしているのかを知っている。さらに砦生活の経験者であり、貴族子女という相談するにはうってつけの相手だったのだ。


「え? チハヤ、カルシーム砦に来るの?」

「砦ならレスタと一緒に歩いてもそれほど面倒なことにはならないって聞いたし、静かに暮らせそうだから」


 この間のラスニールとのお茶会を思い出しながら顔を顰めれば、千早の今の状態になんとなく予想がついた面々が納得するようにうなずく。


「まぁ少なくとも王都を歩く時のように護衛は必要ないだろう」


 外出一つとるにも許可が必要な今の状態をジークが説明すると、リズは納得してしみじみとつぶやいた。


「身分は平民なのに扱いは貴族のようだと面倒よね。私の場合は逆だけど、(ハースストン)はもともと高位貴族じゃないし代々騎士を輩出して武勲を立てた家だから、所属している兄たちに話を聞いていたのもあって特に不都合はなかったわ」

「リズは貴族令嬢なのに豪胆だからなぁ。リズの感覚がチハヤに当てはまるかどうか」


 あっけらかんとしたリズに双子騎士の兄クライが悩みながら言い返すと、弟騎士クロルが付け足すように語った。


「ただカルシーム砦は魔力の少ない者でも暮らしやすいと思うよ。砦は戦いがあることを前提で作られているから、魔力を使いすぎて足りなくなった者でも生活できるように工夫がされているよ。いざという時に全力で戦ったけれど、帰ってきてから魔力が足りなくて自室の扉も開けられないでは困るから」

「そうそう。俺なんか訓練でもよく魔力切れを起こすけど、これが王都の宿舎だと不便なんだよなぁ。その点、カルシーム砦は魔力がなくなっても使いやすいようにできてる」


 赤髪のレックスが千早の知りたいことの核心に近い答えを話すと、ジークも大盛肉野菜炒め定食のようなものを食べながらうなずく。


「街も魔力切れの騎士に対応しているし、平民もそれに慣れているからいろいろと助けてくれるだろう」


 なるほど。人が普通に生活をしていて魔力が足りなくなるということはほとんどないらしい。それでも魔力切れを起こすことが多い(騎士)が多ければ、慣れた対応ができるということだった。


「それなら安心だね。あとは就職できるかどうかかぁ」


 カルシーム砦にも精霊はいるが王都に比べるまでもない。精霊の愛し子としての仕事が少なければ収入も減るし、今ですらすべての生活を自分で賄っているわけでもないのにさらに迷惑をかけてしまう。


「就職か……」


 当てがないが考えてくれている小隊のメンバーにレスタが不安そうに見上げてきた。


「私の予算を使うつもりはないのか?」


 穏やかに聞いてくれて千早に気を使わせないようにするレスタの心遣いは嬉しいが、レスタの予算は国のお金で契約者であることを継続するために使うものだ。契約者を養うためのお金じゃないと認識している千早はそう簡単にうなずくことができなかった。

 正直に言えば『ただより高いものはない』である。


「まぁその辺りは砦に行ってから考えようかと思っているんだけどね」


 現地に行かないと面接もできないだろうし、仕事もどういった求人があるか判らない。最悪レスタのひもになる可能性もあるのだ。いや、(ひも)だって使い道があるのだからそれ以下かもしれない。

 ちょっと怖い想像に小さく体を震わせると、心配したレスタが腕にそっとすり寄ってきた。


「クラウンベルド閣下が砦に戻れば警護の点から私はまた王宮のレスタの部屋に戻らなくちゃならないらしいし、そうなるといろいろと面倒なことを言ってくる人たちが多いし、レスタだって常に私と一緒にいるわけにもいかないし。あ~、なんかもやもやする。私一般人なのにどうして身の危険を感じなきゃならないのよ!」


 不安から思わず愚痴るとジークたちが驚いたように一斉に注目する。そこで我に返った千早は赤くなってうつむいた。判ってはいるのだ。この国の秘密を知った自分が無防備ではいられないことは。それでもストレスは溜まっていたようだ。


「……ごめん。みんなは良くしてくれてるのに……」


 彼らのせいではないのに現状の不満を訴えてしまったとテーブルに顔を伏せた千早に、困ったように仲間と顔を見合わせたジークが長い腕を伸ばして黒髪を撫でる。


「いや、チハヤの素直な気持ちが聞けて嬉しい。俺たちもレスタ様並みに信頼されていると思えるよ」


 頭上から聞こえたジークの言葉にカッと頭に血が上った。


「そうだな。チハヤは我儘をあまり言わないから、もっと俺たちを頼ってくれていいんだぞ」


 レックスが同意した直後、ゴン!と何かを殴るような音と『せっかくジークが……』と押し殺すような声が聞こえる。


「チハヤ。耳が真っ赤よ」


 それなのに何もなかったように隣に座っていたリズが小さく笑いながら耳元でささやき、慌てて顔を上げると青年騎士(ジーク)が笑っているのが見えた。それから小隊のみんなの顔を見回し、嬉しさで涙ぐみながら気の抜けた笑いを漏らす。


「みんな、ありがとう。これからもよろしくお願いします」


 改めて頭を下げると各々が頷いてくれた。


「で、他に聞きたいことはある?」

「大丈夫。本当は平民(みんな)貴族(リズ)普段(・・)どう接しているのかを見たかっただけだから」


 前回は任務中だったし、初めての異世界外出でそれを気にするどころではなかったので確認しにきたのだと白状すると、ジークが食器を持って立ち上がった。


「そろそろ仕事に戻らないと。騎士棟の入り口まで送る」


 もう一度お礼を言って椅子から立ち上がった千早とレスタに周囲の視線が集まり、最後の確認(・・・・・)もできて満足するとジークにエスコートされて食堂を出て行ったのだった。


【こぼれ話】

 千早が食堂をジークにエスコートされて去った後、ネズミのロイが勢いよく駆け込んできた。

「ジークは?! 無事?!」

 あまりの剣幕に驚く小隊の面々に、焦っているらしい彼は後ろ足を踏み鳴らす。

「ジークが凄く動揺するのが伝わってきて! 契約してから今までこんなに強く動揺を感じたのは初めてなんだ!」

 常に軽い雰囲気の精霊が慌てるほどのジークの動揺に心当たりがあった彼らは、一斉に笑い始めた。

「え? なに? ジークが何したの?」

 仲間の様子から危ないことではなかったと読み取ったロイは一応安心したが、それでも事情を知りたくて幾分落ち着いて質問する。

 もちろんクライが何があったかを答え、それを聞いたロイがニヤニヤしながら自分の契約者を待ち構えたのは言うまでもない。

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