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異世界女子、精霊の愛し子になる  作者: サトム
二章 異世界女子、異世界で生活してみる
15/26

異世界女子、夜会に出る

このお話はフィクションで、ファンタジーです。

 クランベルド本邸がいつにもなく(ざわ)めいていた。

 どこか浮足立つ空気はどうやら館に仕えている者たちが醸し出しているようだ。主たるラスニールはすでに誰もが見惚れるほど雄々しい正装に身を包み準備を終えていて、熱気さえ感じるような騒々しい一角を楽しそうに眺めていた。


「きつい……内臓出る……」

「そんな事故は起こりません! こんなに(ゆる)く締め付けているのですから我慢なさいませ!」


 そういって千早を叱咤するのは公爵家に古くから仕える侍女長だ。白髪の混じった髪を結いあげて五十代後半に見えるも立ち姿は大変美しく、元は男爵家の令嬢だったという彼女は気合とともに着替えを手伝っている侍女たちに指示をだす。


「ラス様……」


 助けてと視線で訴えるも、亜麻色の髪を後ろに撫で付けて鋭利な目を笑いに歪めた男は小さく首を横に振った。


「すまん。俺がクラウンベルド公爵になってからうちの侍女たちは女性を着飾る機会がなくて不満をため込んでいてな。今回お前にドレスを着せると判って張り切っているんだよ」

「閣下が早く奥様を娶らないのが悪いのです」


 ラスニールをはっきりと責める言葉を口にする人物は数少ない。この屋敷には二人いて、そのうちの一人がこの侍女長である。ちなみにもう一人はラスニールより年若そうな侍従長だというから驚くが、侍従長には強気に出ることが多々ある彼が侍女長には滅多に逆らわないことで力関係がうかがえた。

 今、千早は舞踏会という名の立食パーティーに出席するためにドレスを身に着けている最中だった。

 オーガスタからの指摘があった通り表面上はレスタの契約者として認められた千早だが、今回は正式にレスタの契約者として貴族にお披露目することになったのだ。


 ちなみに今は下着を身に着け終えてドレスの背中を締めている最中である。千早のそばを離れるのを嫌がったレスタのために衝立(ついたて)が運び込まれて視線は遮られているものの、なぜかレスタが同席できるのなら俺もいいだろうという謎理論でラスニールまで同じ部屋にいるのである。


「お洒落とは我慢なのですよ!」


 それはどの世界でも一緒かぁと思うが、コルセットがなかったので色っぽいガーターベルトを着けた辺りは大人の女性になったようで楽しかった。


「レスタのために頑張る」

「千早はそのままでも可愛いよ」

「レスタ。素のままでも可愛いものだが、好きな人のために着飾った姿はさらに美しくなるものだぞ?」


 気軽な男性陣の勝手な言い分を聞きながらドレスに締め付けられたことで背筋が伸び、かかとの高い靴を履いても不安定さはない。

 胸元までの淡い黄色のドレスはスカートの部分が膨らんでいて、薄い布が綺麗なカーブを描いて幾重にも重なっていた。唯一左前の(ひだ)にだけ金色に近い濃い黄色のファーが細長く縫い付けられていて、結い上げられた千早の黒髪を飾る金色のファーとともに目を引く。


 未婚の女性らしく前髪を一筋垂らしてはいるものの、長さの足りない千早のためにつけ毛を足されて複雑に結われた髪の間からのぞくイヤリングはロイヤルブルーという希少価値の高い宝石だ。首元をかざるのも同じ石が使われていて、かなり昔に精霊王レスタへと贈られたものだったらしい。

 「すっかり忘れていた」と白状したレスタの前に専属侍女(メイサ)が仁王立ちするという一幕はあったが、せっかくあるのだからとラスニールが台座の金属部分だけ変えて作り直した品だった。


「下半身がすーすーする」

「出来上がりを心配する前にその感想とはな」

「寒いのか? 上に羽織るものが必要だろうか」


 体の圧迫に慣れてきた千早が次に気になることを口にしながら衝立(ついたて)から出てくると、遠慮のない言葉がラスニールから飛んでレスタが心配そうに見上げてくる。この国は一年が温暖な気候ではあるもののドレスで肩がむき出しのまま外に出ることはしないらしく、侍女長は仕上げとばかりに白く薄いストールを千早の肩へと掛けてくれた。


「さ、出来上がりましたよ」


 そういうと背の高い侍女長が後ろから両肩をぎゅっと抱きしめる。


「公爵家の使用人が総出で完璧に仕上げました。誰がなんと言おうとお綺麗ですから堂々としていなさい。今日は貴女が主役で、エインズワース侯爵家のご令嬢のおっしゃる通りに急がず丁寧に動くことを心がければ、それで十分ですからね」


 友達になってからたびたび別邸に遊びに来るようになったオーガスタの助言は、常々『レスタの契約者』として千早を扱わない(・・・・)侍女長も納得するものだったらしく、最近は二人して必要最低限の礼儀や暗黙の了解といった知識を伝授してくれていた。

 言葉も態度も厳しい人だが、それでもまるで娘のように心を配ってくれているのは判っていた千早は振り返って侍女長の手を取る。


「侍女長さん、皆さん。こんなに素敵にしてくれて本当にありがとうございます。私、レスタの契約者の名に恥じないように精いっぱい頑張ってきますね!」

「さぁ行こうか」


 そういって穏やかに促したレスタの耳には黒い耳輪がさりげなく付けられ、尻尾の先の房の根元にも三センチほどの黒い金属の装飾品が飾られていた。

 同時に千早をエスコートするために手を差し出したラスニールは黒騎士の制服ではなく、公爵としての正装である。こちらは王族らしく白を基調としているが騎士服程堅苦しくはなく、形が左右非対称だったり、さりげない場所にレースがあしらわれていたりと、いかにも独身貴族らしい華やかな雰囲気だ。


 だからこそ千早をエスコートするのはラスニールだが、衣装や装飾品などの色から見ると対をなすのはレスタであるのは一目瞭然だった。


「それほど緊張することはない。今日の夜会はもともと行われるはずだった定例会だ。たとえ精霊王の契約者だろうが平民のためにわざわざ中位貴族以下にお披露目することはないからな」


 切れ長の赤い目が楽しそうに笑うが、馬車に乗った千早はそんな彼の言葉を信じるほど世間知らずではない。だいたいこんなガラス玉かと思ってしまうような大きな宝石を身に着けているのだ。それだけで緊張するなというほうが無理だろう。

 それにレスタ専属侍女のメイサも『手ぐすね引いて』とか『見定めて』などと不穏な単語を濁しきれない言葉で伝えてきたのだ。


「美味しいものが食べられるといいね」


 それでも千早は楽しそうに笑う。

 三十五年という契約者の不在と二年というレスタ自身の不在は精霊王にまつわるおとぎ話をさらに神秘的なものにした。誰が言い出したのかは判らないが、レスタの契約者になった者は王位に近づくというものである。まぁそれもあながち間違いではないと千早は思っているが、だからこそ千早を排して自分の子供を契約者にしたい貴族がいるかもしれない。


 最初にこの話をラスニールにした時、彼は麗しい少年の顔に悪そうな笑顔を浮かべて理由を聞いてきた。


『なぜそう思った』

『実際得体のしれない私がこうやってラス様や王族の方々と面識を持っているし、それに最初に王様が言ってました。レスタの契約者は聖女や王族との婚姻も望めるって』

『ああ。身分も地位もないお前を釣るためにそんな条件を話したとは聞いているが、これが自国の貴族ならそこまでの条件は出さないな』

『ですが王族やこの国の高位の方々はレスタと関わる人が多いですよね。契約者として顔を合わせていればあわよくば……と思う人もいるでしょう』


 見初められる、にはどんな形でも出会わなければ無理なのだから。そして高位貴族や王族になど滅多に会えるものではないのだ。千早の言い分になるほどと納得したラスニールは、けれどそれは意味のない話だと断じた。『レスタにとってお前以上に魅力的な人間はいない』と。


「無理して社交をする必要はない。レスタの席も設けてあるし、お前にあいさつする人間は必要な者が出向くようになっている。お前はレスタの隣でドレスを汚さないように食事をしているといい」


 持つべきは権力のある後見人である。千早の父親より少し若く見える男に子ども扱いされるのには慣れてきたので、遠慮なく言われたとおりにさせてもらうことにしよう。

 乗降場に到着するとラスニールの手を借りて馬車から降りた千早は薄闇の中に堂々と浮かぶ王城を見上げた。毎日出勤している場所であるのだが今日はどこか威圧的に見えて、降りるときに掴んでいた男の手を握りしめる。こわばった表情の千早を見下ろしたラスニールが小さく笑い、周囲で見守っていた人々が声もなく驚いた。


「千早」


 緊張で顔色をなくしてしまった千早にレスタが穏やかに呼びかけると、ギギギと音を立てそうなほどぎこちなく顔を向ける。それでも青い目はどこまでも慈愛を(たた)えて自分の契約者と視線を合わせたレスタは空いた手にたてがみを擦り付けた。

 ただそれだけで。


「一つ、良いことは」


 ごくりと(つば)を飲み込みながら震える声で発せられた言葉。


「ドレスのおかげでレスタの足を踏まずに済むこと、かな」


 たとえダメージがないとはいえ大好きで大切な人に痛い思いをさせたくない千早にとって、頭の痛い問題を今だけは気にしなくていいと真面目に言えば、我慢しきれなかったらしい後見人が顔を背けて笑い出した。








 夜会が始まってからその一角には人々の注意が常に向けられていた。王族が(そろ)うひな壇から右にずれた壁際に、玉座と同じ赤い布の張られた三人掛けのソファと向かい合うように同じ色の背もたれのないオットマンが据え置かれ、黄金のライオンが悠々とくつろぐ姿が見える。

 立ち上がれば女性の胸まである大きな体をのせてもなお余るそこに、黒髪の女性が楽しそうに座っていた。


 時折専属侍女が食事を運び、代わるがわる立ち入る王族や高位貴族は彼女の話を聞き楽しそうに笑っていて、中には一緒に食事を摘む者もいるため飲み物を運ぶ専属の給仕までそばに控えていた。


「この赤いソファって……」

「そうね。絨毯と同じね」


 あいさつに来てくれたオーガスタと父親のエインズワース侯爵にソファを勧めたところ固辞されてようやく気が付く。


「いつもオーガスタ様にはお世話になっております」


 相手が立っているので自分も立ち上がり、自己紹介とここ数週間練習を繰り返していたドレスでのあいさつを披露した千早は、口ひげを整えた男性に優雅に頭を下げた後チラリと友人を見上げた。


「まぁギリギリ合格ですわね」

「やった!」


 ガッツポーズまではいかないまでも思わずこぶしを握り締めてしまった千早を、一転鋭い眼差しで睨むオーガスタ。注意しようと口を開こうとした彼女より先に隣にいた侯爵があいさつを返した。


「こちらこそ娘と仲良くしてくれてありがとう。最近は君の話を楽しそうにしているよ」


 ダンディなおじさまといったエインズワース侯爵は、千早の身分がないにも関わらず親しげに話しかけてくれる。オーガスタとは違った誠実さに態度は似ていなくても親子なのだと感じさせた。


「精霊王の予算の使用頻度の少なさを気にしていただいていたとオーガスタ様からお聞きしました。不自由をしているのではないかと心配をおかけして申し訳ありませんでした」


 最初にオーガスタが声をかけてきたのは純粋に千早の礼儀が気になったからだったらしいが、レスタを連れて侯爵家に遊びに行って以降、レスタの契約者と自分の娘に付き合いがあると知った侯爵はオーガスタに千早の身の回りを観察するように言っていたらしい。

 予算が使用されないのは周囲が契約者をないがしろにしているからではないか、そこまで極端でなくとも予算の適正利用を理解していないのではないかと考えていたようだ。


「君の話は娘から聞いていたが、そのことで君が謝罪する必要はないよ。それよりももう少し予算を使用してもらえないかと提案しにきたんだ」


 国のお金だ、平民から贅沢しすぎだと言われることはあっても、もっと使えと言われたのは初めてで千早は思わずレスタと目を合わせる。


「エインズワース侯爵の話をじっくり聞きたい。立ち話もなんだから座っていただけるだろうか。私もずっと見上げているのは辛いのでね」


 意味が判らないと困惑する千早だったが、レスタは楽しそうに二人にソファを勧める。今度はエインズワース親子が困惑するも、精霊王の『お願い』に二人は黙って赤いソファへと腰を掛けた。

 給仕が飲み物を渡してから侯爵は千早に向かって先ほどの説明を始める。


「予算は使用されなければ年々減っていくものなのだが、今までレスタ様の予算はまったく(・・・・)使用(・・)されなかった(・・・・・・)からこそ毎年同じ額を確保している。だが今年の使用状況から来年度の予算減額の提案がなされているのだ。君はクラウンベルド閣下を後見に持ち王族とのかかわりもあって予算が必要ないのかもしれないが、もしこれから先、平民の契約者が出た場合は足りなくなる恐れがあるのだよ」


 侯爵の話は聞いていて判りやすかった。確かに千早は異世界から落ちてきたという特殊な状況だったが、それを差し引いても今なら判る。レスタの契約者は身を守るための(すべ)が必要だと。千早を排して自分の子供を契約者にしたい貴族がいる、という話をラスニールとしていた時、二人はわざとある話題を口にしなかった。


 それは精霊の契約を無効にするには契約者が死ぬしかないという事実だ。

 精霊の契約者は精霊が選び、人が口を出すことはできないという不文律があり、それは自由で気ままな精霊の中では最上位に位置する約束だ。それを破ることを精霊はよしとしない。該当精霊だけではなく、全ての精霊が契約者を精霊が選ぶという権利を守るために力を行使するのは、謁見室でのリーガを見れば明らかだった。


 だからこそ精霊の契約者を害して契約を破棄させようと考える馬鹿な人間が出てくる。

 エインズワース侯爵は十分な予算を確保することがレスタの契約者を自由に選ぶ権利を守ると判っていて、千早にこの提案を持ってきたのだろう。


「判りました。クラウンベルド公爵にも相談する必要がありますが、現在私のために使われているさまざまなお金をレスタのための予算からだしてもらうようにしてもらいます。それとそこまで言ってくださるのなら一つ、相談に乗っていただけませんでしょうか」


 特殊な力も知恵も持たない千早はレスタのためのお金を使うことに抵抗を感じていた。精霊の愛し子として働いているものの、やっていることは精霊たちの愚痴や相談を聞いたり毛づくろいをしたりと予算に見合わないものだったのだ。


「私でお力になれるのでしたら」


 簡単に是と言わないところは貴族らしいが、千早が欲しいのは知恵である。彼ならば上手くやってくれるだろと頷いて前から考えていたことを話し出した。


「オーガスタ様からお聞きになられていると思いますが、私はこの国のことを全く知りませんでした。そのため周囲の人たちに教えていただいたりしていたのですが、彼らにお礼がしたいのです。できることなら教師役をしていただいた報酬として出せれば、もっと遠慮せずに聞くことができるのですが……どうにかならないでしょうか」

「例えばどなたに?」

「オーガスタ様はもちろんですが、レスタの専属侍女のメイサさんに私の護衛をしてくれるジークや彼の小隊のみんなとか」

「チハヤ」


 名前を挙げればオーガスタが固い声で名を呼んだ。


「わたくしは報酬が欲しくて貴女に礼儀を教えたわけではないわよ」

「差し出がましいようですが、わたくしも教師と言われるようなことは何もしておりません」


 ここは譲れないと思ったのか背後に控えていたメイサも口を出してくる。


「いや、でも職務外のことを頻繁にお願いしているし、二人とも忙しいのに申し訳なくて……」

「友人に判らないことを教えるのが職務外なの? 忙しくても友人と話す時間くらい取れるわよ」

「仕える主とその契約者さまのために働くのがわたくしの仕事でございます」


 言ったそばからいろいろ言われても怯むわけにはいかないと、ただ一点に侯爵だけを見つめていれば、彼は唇の端をほんの小さく釣り上げて微笑みらしきものを浮かべた。


「私のほうからもいくつか質問してもいいかな?」


 お互い初対面だしレスタの反応もないので気負うことなく(うなず)けば、オーガスタに似た真面目そうな表情で口を開く。


「君は精霊の愛し子として精霊を癒すために働いていると耳にしているが本当かな? ちなみにどういった仕事で、一日何時間働いているのか教えてもらえるだろうか」


 具体的な話にたじろぎながらもなんとか現状を説明すると、エインズワース侯爵は一度ワインで喉を潤してからいくつかの提案を出した。


「まず教師についてだがそれはクランベルド公爵にお願いするべき事柄だ。後見人とはそういう役割もある。それと君の労働に対価が支払われていないのはおかしなことだ。それが例え『精霊の愛し子』という能力に由来しているものだとしても、わが国では特殊な能力を持つ者への特別手当はしっかり支給されているし、君の生活を支えるのは後見人だから君の労働を対価に支払う必要はないのだよ。もし養われているだけというのがどうしても気が咎めるというのなら、君の労働に報酬を貰ってそこから支払う形にしたらいい。そうすれば君の自由になるお金もできるだろうから、そこから教師役への報酬でも感謝の気持ちでも渡せるようになるだろう」


 侯爵の話を聞きながら千早は深く項垂(うなだ)れた。学生という身分だったからこそ買い(・・)与え(・・)られる(・・・)ということに違和感を持たなかったと、指摘されてようやく気が付いたのだ。まだ学生気分が抜け切れていなかったということだろう。手伝い(話し相手)をしていれば養われて当然とは思っていなかったが、自分で思っていた以上の未成年思考に千早は顔を手で覆ってレスタにしがみついた。


「そうだよね。ずっと養われているわけにもいかないもんね。私の働いたお金ですべてをまかなえてはいないと思うけど、それでも少しずつ貯金していかないと」

「チハヤ、お父様がおっしゃったことはそういうことではないわよ」


 千早が妙な思考に流されていると察したオーガスタがいち早く突っ込みを入れ、父親そっくりの眉をひそめてまっすぐにこちらを見る。


「この国に来た他国の人も生活に慣れるまで周りの人の手を借りるわ。ましてや貴女はここに来ようと思って準備してきたわけじゃないし、わたくしたちは生活基盤も財産もない女性を放り出すような程度の低い人間ではないの。お父様が言いたかったのは少しずつこの国の生活に慣れていこうということよ。いい? 早く自立しろということではないの。時間がかかってもいいから貴女が暮らしやすいようにしていこうと提案しているのよ。ちゃんと理解した?」


 怒涛の()撃に驚いたままカクカクと首を振る千早と、そんな娘を驚くように見つめる侯爵。レスタは同意するように頷きながら小さく笑い出した。


「千早は本当にいい友人を持ったね。精霊である私や後見人のラスニール、護衛を兼ねるジークや仕事で携わるメイサとも違ういい関係に見える。オーガスタ嬢、これからも仲良くしてやってくれ」


 敬愛する精霊王の言葉に頬を染めながら頷くオーガスタ。千早としてはレスタに俺のもの扱いされてる?!などと妄想してしまい、ニヤニヤと機嫌よく笑顔を浮かべていた。


【こぼれ話】


「壁際のソファに座っているのは妊婦さんですよね?」

 千早が読んでいたファンタジー小説の中では、ヒロインが妊娠すればベッドから出さないとか、屋敷の中でもヒーローが抱きかかえて歩るかせないといった描写があった。

「そうだな。体調が悪くなければ適度に動くことは大事だし、今の王妃が王太子妃時代の逸話があるから、体調が悪いわけでもないのに夜会に出さないのは女性をないがしろにしていると誤解されてしまうのだ」

逸話いつわ?」

 首を(かし)げる千早にレスタは楽しそうに語る。

「今はもういないが、とある伯爵が自分の息子の嫁に夜会で嫌味を言っていたらしい。妊婦だった彼女に『お前は黙って子供を産めばいいんだ』とか『妊娠しているくせに夜会に出席するなど生意気だ』などと吐いていた暴言を聞いた王妃が、おもむろに伯爵に駆け寄ると足を引っかけて転ばせ、男の頭を踏みつけてこう言い放った」

『お前の母親は子供を産む道具で、今現在妊娠中の私も生意気なのかしら? お前はどこから生まれてきたの? お前が見下す女の腹からでしょ? そこまで男が偉いならお前が子供でも産んでみなさいな』

 それは凄いとメイサを見ると、王妃と年の近い彼女は知っているらしく機嫌よく笑っていた。

「それで王妃は女性や愛妻家たちから絶大な支持を受け、妊娠中で少し不安定だったことも考慮されてお咎めなし。相手の伯爵にもなんの罰もなかったが、風評被害が凄まじくて当主交代。次代になってようやく落ち着いたらしい。ただし次代も相当周囲から叩かれ教育されたと聞いている。自分の妊娠してる嫁を横暴な父親から守らずに何をしていたのか、と」

 話を聞くだけでそりゃそうだと言いたくなる千早は、ひな壇上で穏やかにほほ笑む王妃を見て納得する。

 そんな逸話があるなら女性からの圧倒的な敬愛も理解できるし、彼女なら自分の妊娠を理由に今まで言えなかったことをいい機会だからとはっきりと口にしただけのように思えた。

 私に貴族生活は無理だわ、と再認識した瞬間だった。

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