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異世界女子、精霊の愛し子になる  作者: サトム
二章 異世界女子、異世界で生活してみる
11/26

異世界女子、暇人に遭遇する

このお話はファンタジーでフィクションです。

作中の剣道に関してはフンワリと聞き流してくださると助かります。試合を見学したことはあるんですが、経験したことはありません。

 この人たちは暇なんだろうか。

 千早は前に立ちふさがっているきらびやかなドレスを身に着けた少女たちを見ながら、どうしたものかと思案していた。

 これから第二王子レインナーク立会いの下、ジークたちと一緒にちょっとした確認をとる予定でレスタと別れ、王族の使用する演習場に向かって廊下を歩いていたのだが。


「あなた、聞いていらっしゃるの?」

「もしかしたら下々の者はわたくしたちの言葉が判らないのではないのですか?」

「いやだわ。言葉も判らないような下賤な者が王城にいるなんて……」


 フリフリのドレスってあるんだぁと妙なところで感激していた千早は、自分より幼いだろう彼女たちを見下ろしながら背中に手をまわし、迎えに来てくれた背後のジークに掌を下に向けて何度か下げる。

 手出し無用のサインに気づいてくれればいいのだが、平民のジークに貴族子女たちを諫めさせるわけにはいかないのだ。千早だけが不興を買うのならば、結構重大な機密を知っている身を守ってくれる人も多いのでどうにでもなるだろうと楽観視する。


 そして肝心の彼女たちの話は、レスタとは何の関係もなく王子たちに付きまとうなというものだった。いや、確かに今から会うのも王子だが付きまとうってなに?と首をかしげていると、三人いた少女の中で一番偉そうな彼女が茶色の目を歪める。


「あなた、噂になっているのを知らないの? レスタ様の契約者になった女が王子たちに言い寄って好き放題しているって。レスタ様を盾に王族の方々を自分の部屋に呼び込んだり、見目麗しい黒騎士の方々を無理やり護衛に指名したり、クラウンベルド公爵様にも迫っていらっしゃるんですってね。着ている服も騎士服なんて……あなたのような人間は平民に交じって暮らすべきですわ」


 かわいい声で物語の悪役のような悪事を千早が行っていると話しているのを見ると、ここは本当に異世界なのだと実感が沸いてくる。元の世界でこんなことを面と向かって言えばドン引きされるだろう。

 それにしても王子たちに言い寄った記憶はないが、確かに王族の皆様はレスタの部屋に来て愚痴をこぼしていった。千早は精霊の癒し手であって人間のカウンセリングはやっていないのだが、勝手に来て勝手にお茶を飲みながら勝手に話していくのだから自分は悪くはないだろう。護衛に指名したのは貴族子息の黒騎士ではなく平民出身が多い青騎士だし、ラス様というよりは精霊リーガに体の一部をくれと言い寄られているくらいだ。今着ている服もこれからの用事のために身に着けたものだし、千早だってクラウンベルド公爵邸ではなく街で生活できるのならそうしたい。


 けれどレスタと一緒にいることが一番大切なので、その為に我慢する様々なことは些末なことなのだと割り切っていた。


 とりあえず脳内での反論はしまっておいて、問題は彼女たちだ。いや、噂も問題なのだが、そんな情報操作など千早にできるはずもないので、それはラスニールに任せていいだろう。というか後見人なのだからそのくらいはしてほしい。

 とにかく彼女たちに何かを言わなければならないのだが……


「ご忠告をありがとうございます。そのようなうわさがあることすら知りませんでしたので、教えていただいて感謝いたします。私のような者が殿下方やレスタの迷惑にならないように十分気を付けますね。これから予定がありますので失礼いたします」


 事なかれ主義に走った私を許してほしいと千早は誰ともなく謝罪した。

 ようは彼女たちに間違った認識を持たせたままにしたのだ。名前すら名乗らなかった彼女たちにわざわざ間違いを指摘して事を荒立てるほど千早は面倒見のいい人間ではないし、優しい人間でもない。これから自分に関わりあうことのある人ならば多少の手間でも誤解を解くだろうが、彼女たちにはラスニールが手を打っておそらく二度と会うことはないだろう。

 それなら放置の一手だ。


「いいのか?」


 ジークが横に並んできて空色の目が心配そうに見下ろしてくる。身に着けている騎士服は布製なので圧迫感はないが、腰に下げた剣だけは慣れずにいる千早のためにジークは常に左側に立ってくれていた。


「友達は自分で選んでいいって王妃様がおっしゃってたの。それに彼女たちには二度と会わないだろうし、アレで納得して満足してくれるなら安いものでしょ」


 忠告はありがたく受け取ったし、うわさは本当に知らなかったのだ。レスタたちに迷惑をかけないように気を付けるのは当たり前だし、これから予定があるのも事実だ。

 嘘は一つも言っていないのだからあとで難癖付けられても言い返すくらいのことはできるだろう。


「あの令嬢たちは王城に立ち入ることができる程度には身分が高いようだが……」


 彼の『いいのか』は『顔を繋げなくていいのか』だったらしい。身分差で苦労している男性だから千早のことを心配してくれたのだろう。


「私が習ったこの国の礼儀作法は、紹介がないなら身分の高い人から話しかけて身分と名を明かすだったはず。メイサさんから習ったんだから間違っていない。それなのに自分の名前も名乗らない彼女たちの礼儀作法なんてたかが知れてる(・・・・・・・)わ。そんな常識もない人と知り合いたくないからいいの」


 今までもある一定の区切りを自分でつけなければ、レスタの契約者と知り合いたいという人が多くて捌ききれなかった。そんな千早が頼りにしたのは『あいさつもできない人との付き合いはなくてもいいんだよ』という祖母の言葉だ。

 レスタの部屋に入るのには一定の条件がある。誰かに紹介されたか、レスタに明確な用事がある場合だ。精霊のレスタに用事のある人はごく少数だし、紹介もこの国の重鎮にしかできないとなればどちらも現実的ではない。


 ではどうやって千早に接触するかといえば、この間の聖職者のように廊下ですれ違ったときに声をかけることくらいしかないのだ。だからこそその時に交わされるあいさつは、相手を測る一定の目安にもなっている。

 今回の彼女たちはそれに外れたのだ。紹介もなしに話しかける人はある程度いたが、あそこまで礼儀の欠けた人に会ったのは初めてだった。もしかしたら彼女たちの若さがそうさせたのかもしれない、とジークに話すと微妙な顔をされる。


「チハヤだってまだ若いだろう」

「十代と二十代は天と地ほども違うのよ」


 反論され、思うところがあったのか納得するジークだが、しばらくしてから世間話のようにぽつりと漏らした。


「俺にはチハヤのほうが若く見えたよ」

「……アリガトウゴザイマス」


 この人、誠実そうな顔で何言ってんの~とか、そんなことないよ~と誤魔化せばいいんだろうかと狼狽えた千早は、ぎこちなくお礼を言うので精いっぱいだった。


「なんで片言?」


 笑って突っ込みを入れるロイになごみながら二人は無事に目的地に着く。

 そこは王城の中でも込み入った場所にある王族も使用する訓練場だった。踏み固められた地面と数本の木立、そして東屋(あずまや)(しつら)えられただけの殺風景な場所である。

 そんな装飾よりも実用性を重視したそこに(きら)びやかな一団が集まっていた。

 入口に立っていた黒騎士に一瞥されつつも、止められることなく訓練所に入った千早とジークは待ち合わせていた彼らに頭を下げた。


「やぁ、チハヤ! いつもなら約束の時間より早くついていることが多いのに時間ぴったりなんて珍しいね。どこかの馬鹿が君の前で書類でもぶちまけたのかな? 優しい君は拾う手伝いをしていて遅くなったんだろうね」


 この場で一番身分の高い第二王子レインナークが、まるで先ほどの出来事(ご忠告)を見ていたかのように揶揄してくる。壁に耳あり、障子に目ありだ。見られていないようでしっかりと確認されているのが王城なのだと教えてくれた第三王女(ミリスティア)には感謝である。


 レインナークは父親譲りの薄茶の髪と祖父に似たのだという濃茶の目を持つ美丈夫だ。顔の造作は第一王子ファリシオンに似ているのに、纏う色彩が地味なせいかどこか堅実さを感じさせる。軍部をつかさどる王子らしく体格は厚みがあって、短く刈り込まれた髪や鋭い眼光が印象的な男性だった。


「お待たせして申し訳ありませんでした」


 道中何があったかについては一切触れず王子を待たせてしまったことだけを謝罪すると、片眉を上げた男が薄い唇に苦笑を浮かべて千早の思惑に乗ってくれる。


「大丈夫、私も今来たところだよ。それにしても君の騎士服姿は艶やかだね。すごく似合うよ」


 呼吸するように女性を褒めてくるあたりは、彼も王族なのだと実感させられる。たとえその腰に実用的な剣を下げていたとしても、身に着けているのが近衞の黒い騎士服だとしても、気さくで、とんでもない味音痴だとしても彼は王子様なのだ。


「ありがとうございます」


 ゆっくりとお辞儀をした千早にレインナークは笑いながら木刀を渡すと、興味深げな瞳で楽しそうに見下ろしてきた。


「チハヤの世界の武術なんて楽しそうだ」

「以前にも申し上げましたが、私の世界ではあくまでスポーツ……同一のルールで得点を競い合う競技ですし、私は公式な試合に出ていたわけではないのでそれほど上手いわけではありません」

「まぁ、いいじゃないか。相手は青騎士ジーク・フィールドだろう? 全力でやってみるといい。君の実力が判ればある程度の護衛形態も変わってくる。私が来てしまったから緊張してしまったのだろうが、軽い興味だけだから気軽にやってみてくれ」


 無茶言うなよ~と恨みがましい目で見上げながら、それでも数メートルおいてジークと対峙する。無敵の第二王子が極度の味覚音痴だったと判明したお茶会の日、千早の世界の武術の話をしていた時に剣道の経験があると語ったことから今回の確認に至った。過剰科学を語るつもりはなかったし、それほど武器や武術に精通していたわけではなかったので、それくらいならと軽く請け負ったことに関しては今後悔しているが。


「よろしくお願いします」


 左手に持った木刀は心地よい重さを伝えてきた。それを右手で抜くしぐさとともに両手で構えると、足を前後にずらし切っ先を少し上げてピタリと正眼に据えた。

 対するジークは片手で木刀を持ってはいたが、体をかすかに斜めにずらした以外構える様子もない。肩にロイを乗せたまま観察するように向けられる水色の目は、凪いだ湖水のように穏やかに千早を見つめていた。


 手に持っているのは竹刀ではないし、相手は防具を付けてもいない。生身の体に打ち込む恐怖は想像以上だが、この場に漂う掠りもしないだろうという空気に千早の反抗心が少しだけ刺激された。

 じりじりと間合いと隙を探り、切っ先が触れ合うことのない試合が楽しくて口角が上がってしまう。試合で自分と対するときの相手もこのような感じだったのだろうと思えば、千早はこの状態に慣れていた。

 ふわりと風が吹き、木立から舞い落ちる木の葉にロイが視線を向けた直後。

 予備動作も一切なしに最高速度で千早の木刀がジークの腕に伸びる。あの状態から千早の木刀を防ぐのに動く軌道を予測して、さらにその手の甲だけを打つために角度を変えれば、それはあっさりと(かわ)された。

 勢いがつきすぎてすれ違うと、振り返り再び構えて大きく息を吐き再び青騎士の青年と対する。


「これが剣道の正式な型の一つです。足運び、駆け引き、打突と残心などいろいろありますが、とにかく審判によって勝敗が決められます。ただ私はこの型が苦手だったんです」


 こればかりはどうしようもなかった。どれだけ練習しても型からの攻撃がそれ以外を凌駕することがなかったのだ。


「次、行きます」


 構えていた木刀を下ろし、右手で持って切っ先を下げる。まるで戦う意思のないような姿勢に、黙って見ていたジークが初めて動いた。

 片手であることには変わりはないものの、切っ先を上げ、先ほどの千早と同じ位置に木刀を構えてくれる。離れて見ていたレインナークの目がかすかに細められ、ロイが警戒するようにジークの肩の上で頭を下げた。

 千早が一歩踏み出した。ゆらりと無防備に揺れる身体が一瞬で移動する。

 打撃音は二度。一度目は木刀と木刀がぶつかり合う音で、二度目は鈍い何かを叩く音だった。数歩を音もなく移動すると千早は慌てて振り返る。


「ごめん、ジーク。大丈夫?」


 打ってしまった右手の甲を軽く振っていたジークは、小さく笑いながら千早の持っていた木刀を受け取った。


「あの程度の力で打たれても怪我はないよ。ただ思ったよりも早いし、伸びるように手元を狙ってきたのには驚いた。正式な構えより動きが数段早い」

「それに打ち合ったとき、木刀が曲がったようにも見えたな。止めた青騎士の木刀を避けるように流れるような動きだった」


 殺気など感じることもできない平和ボケした人間だと思われていたのだろう。ジークもレインナークも感心したように褒めてくる。


「一応盾を持たない剣術なので、防御も攻撃もできるのですが……達人になると構えて相対するだけで時間終了になったりすることもあるみたいです。あくまで試合なので実戦とは違いますけどね」


 ジークの手を取り怪我の具合を確認していると、今も試合の最中も変わらない優しい目でそっと心配そうにのぞき込んできた。


「生身の人を打つことに慣れていないだろう。大丈夫か?」

「ああ、それで打つ直前に一瞬だけ躊躇したのか。だとするとチハヤに刃物を持たせるのは無理だなぁ」


 思案顔の第二王子に千早もうなずく。


「危ないなら反撃するより走って逃げた方が確実です」

「あの程度だとそうなるだろうな。少なくともレスタや護衛の青騎士もいるんだ。お前はいざとなったら全力で逃げることだけを考えろ」


 もちろんそのつもりだとレインナークを見上げると、王族たる彼はそれでも楽しそうに笑って見せた。


「だが、足さばきや得物の扱い方は面白い。何人かに学ばせてみてもいいな」

「私でお役に立てるのでしたら、いつでも」


 一応お城でお世話になっている身だ。ラスニールの許可があれば千早に否やはない。思った以上に楽しませてもらったという褒めたのか微妙な言葉を残してレインナークが去ると、肩の力が抜けた千早を思案顔のジークが覗き込んだ。


「ジーク?」


 何事?と首を傾げると青騎士の青年は千早の額に汗で張り付いた髪を梳かしながら言った。


「二度目の打ち合いの時、俺は剣を掠らせるつもりはなかったんだ。チハヤを甘く見ていたことを引いても、チハヤの剣術はすごいと思う」


 突然触れられて、さらに褒められた千早は嬉しさでにやけた笑顔を浮かべる。


「一般人になら不意打ちでなくとも十分通じるだろう。即効性のある麻痺毒を塗布した短剣なら身を守ることもできるはずだ」


 大きな手が千早の髪をゆっくりと梳き、楽しそうな笑みを浮かべたジークは穏やかに物騒な言葉を紡ぎ続けた。


「いつもロイが世話になっているから何かプレゼントを贈りたいと思っていたんだが、もし良かったら護身用の短剣を贈らせてくれないか」


 ジークは本気で褒めてくれている。あまり誇れるもののない千早にとってもうれしい言葉をかけてくれた。

 けれど――


「……刃物の扱いに慣れてないし、自分が先に傷つきそうだから遠慮します」


 千早の返事にそれなら仕方がないとあきらめて歩き始めたジークを、いつの間にか肩に乗っていたロイと一緒にしばらく見送ると。


「ほんと、ジークって残念だよね」


 やれやれだよ、と肩の位置で手のひらを上に向けて首を振るロイの仕草がおかしくて、千早は笑いながら自分たちが追いつくのを待っている真面目な青年騎士の元へと走っていったのだった。


次回ちょっとだけ嘘予告】

「贈り物に護身用の短剣は断られてしまったんだが、他にいい案はあるか?」

「え? ジークってば本気で僕に聞いてる? 僕精霊だよ?」

「? お前は精霊だが、長生きしているだけあって人の心の機微に敏いところがあるだろう?」

「まぁ、ジークよりかは千早のことを判ってあげてるけど」

「ほかに女性が喜ぶものといえば……リズ辺りにも聞いてみるか」

「リズはダメじゃない? あの子、この間『これであの方の心を射止めるの』とか言いながら、本物の弓矢買ってきてたじゃん。ガレインが思わず突っ込んで弓で狙われてたよ。ちょっと千早には合わないんじゃないかな」

「弓もダメか……」

「だいたい女性へのプレゼントを相談するならクライやクロル兄弟に聞けばいいじゃないか。あの二人、女性にモテるでしょ」

「実はもうした」

「で? なんて言ってた?」

「クライは花束、クロルはレースの下着だと」

「……また微妙なところを来たね。二人とも相談者がジークだって判ってて言ってるのかな。そのプレゼントって何回かデートした後で贈るものじゃん」

「デート……」

「ああ、城下に連れてってあげたら? レスタは一緒に行けないからきっと千早、喜ぶよ」

「……デートなど誘っていいのか?」

「デートって名前が気になるなら、友人を城下で案内してあげたら?」

「それなら……千早の都合を聞いてくる」

「いってらっしゃ~い」

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