表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紫煙  作者: やさいまつり
2/2

晴れる人

 ああ、タバコの煙は嫌いだ。


 大学までの道すがら、ちょうどバス停の近くにあるタバコ屋。その前を通るたびに、「男」のよく吸っていた銘柄を思い出した。やけに甘い香りの──バニラのタバコ。ぼくは元々「身体に悪そうなことは極力しない」がポリシーだ。そのぼくが、よりによって、あんなヘビースモーカーと付き合っていたなんて。今となっては「不思議」の一言に尽きる。


 あんな、何も言わずにいなくなるような男と。



 男と初めて知り合ったのは、大学に入ったばかりの五月のことだ。ワンダーフォーゲル部、とかいう、一見よく分からないサークルに所属していた彼は当時、新規部員獲得のために、一年生ながらキャンパス内外を駆けずり回っていた。


「なあ、君。もうサークルは決めてるか」


 活発そうな声に振り返ると、イメージ通りの青年が立っていた。腕の中に、大量のビラが抱えられている。


「あ……ぼくサークルには興味なくて。すみません」


 サークルに興味がないのは本当だった。特にバイトや用事があるわけではない。そもそも人と交流するのが苦手なのだ。


「謝らなくていいよ。あと、敬語も」


 俺も一年生だし。そう言って笑った男は、ぼくの返答を待たずに、続けて勧誘──という名のいわば「突発ナンパ」──を続けた。


「今日の新入生歓迎会の会場、焼き肉なんだ」


 しかも先輩のおごりなんだよね。どうかな。別に肉食べに来るだけでもいいんだ。一人暮らしの学生にはありがたい話だと思うんだけど。


 男の使う言葉は巧みで、なるほど、これは一年生だろうが新入部員だろうが、先輩たちがキャンパスに放つわけだ、と思う。「ワンダーフォーゲル部」。得体の知れないその名前にも活動にも、一切触れることのない会話。必要以上な熱心さで語られていると、ぼくはいつの間にか、そのサークルよりなにより、男本人に惹かれてしまっていた。


「……入らなくてもいいなら、行く」


「助かるよ」


 俺はハルト。君は?


 人好きのする顔で明るく笑ってみせると、男は片手をこちらに差し出して名乗った。晴れる人、と書いてハルト。名は体を表す、というのは、こういう人のことを言うのだろう。ぼくのそれとは違って。


「ぼくはホマレ。よろしく、晴人」


 差し出された手を握ると、ハルトはまたにっこりと笑ってから、確かめるように握り返してきた。


「ほまれ? 字は……こう?」


 握ったままの手のひらを上に向けられて、そのまま、指でなぞられる。左利きなのか、と思う。「あれ、こんな字だったっけ」なんて口にしながら、彼は何度もぼくの手のひらをなぞった。変に、心拍が忙しい。顔が、上げられない。


 「誉」──いやに画数の多いこの名前を、ぼくはいまこの瞬間まで好きだと思ったことはなかったのに。触れられたところから、じわじわと熱が広がって行くような感覚に、ぼくは急いで手を離した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ