来ない男
いつまでも現れない男を、待っている。
六月。雨がしとどに降っている。髪の毛は湿気で広がり放題だ。その毛先をいじりながら、ぼくは窓の外を見た。まだ、男の姿は見えない。ふ、と視線を逸らすと、ベランダのサボテンが目に留まった。
「なあ、この部屋、日当たりいいよなあ」
「そうだね。急にどうしたの」
「植物とか、よく育ちそうだと思って」
「何か育てる気なの。無理だよ、お前には。ぼくならともかく。なにやっても、ろくに続いたためしがないんだから」
まあまあ、やってみなくちゃわからないって。そう言うと男は、自分の荷物を、なにやらごそごそとやり始めた。
「ここに一つの植木鉢があります」
部屋に入ってきたときから、何か大きい物を持ってきているとは思っていた。けれどまさか、植物だったとは。
「このサボテン、ここに置いていってもいいか」
「いいよ。でも、ぼくは世話しない」
「大丈夫。俺が責任持って世話するから」
半年前に、男が置いていったものだ。誰かからもらったのか、自分で買ったのか。とにかく自分の部屋に持ち帰るという選択肢はないようだった。ぼくは約束通り、世話をしていない。男は、約束とは反対だった。サボテンを放棄して、この部屋にはぱったりと来なくなっていた。サボテンは、雨に吹きさらしになっている。
「じゃあ、これから毎日来るの」
「なんで」
「サボテンの世話」
「いや。サボテンはそんなに水をやらなくても良いらしい」
時間があるときに来るよ。そんな約束も破られてしまった。ここ数日、雨が降り続いている。サボテンは雨を吸い込み続けて、すっかりぶよぶよと肥えてしまっていた。いまも、ぼくの視界のはしっこで間抜けに揺れている。
きっともうすぐ、枯れてしまう。
のろのろ続きます。