#093:惑乱の、メイズ
▼
「とにかく、動かないと」
自分は腰を上げるのもだるそうな仕草をしているアルゼが、そう口に出す。その目に宿るやる気は大したもので本気だ、との評定を下すカァージであるものの、懸案事項はいまだ厳然と横たわっている。
「……私は、ジェネシスで、奴を」
やはりそこは揺るぎないか、と、赤髪の少女の秘めたる決意に、内心感心さえしてしまうカァージ。しかし、他ならぬ搭乗機「ジェネシス」の右腕は肘から先が未だ失われたままであり、そこを何とかしない限り、前戦で後塵を拝した差は埋まらず、いや、さらに広がってしまっていると見てもおかしくはない。
先のアソォカゥ遠征も空振りと知れた今、ジェネシスを核にした作戦を立てるにも、少しの逡巡をしてしまうのが、具体的な作戦を指揮するカァージの本音と言えば本音なのであった。しかし一方でこの少女の熱意に応えたいとの極めて人間的な感情も奥底で燻ってはいる。
「……右腕部の補填が利かない限り、ジェネシスに『骨鱗』をぶつけさせる戦術は、正直取らせたくない」
絞り出すようなカァージの苦渋の判断にも、しかしアルゼは全くひるまず畳みかけるのであった。
「右腕の『代え』だったら、見つけています」
その発言に、カァージを始め、会議室に詰めていたその他の面々も、ええっ? っと一斉に怪訝そうな顔を少女に向ける。
「しかし、アソォカゥ……コティローからは、まったくの空手で帰還したとの……報告を受けている」
ジカルから逐一の報告を受けていたカァージが、そう返すものの、
「いえ! そんなことありません。私は見つけて持って帰っています……オミロ!!」
そうアルゼが呼ぶと、その上半身にプロテクターのように身に着けていた金属質の「もの」が、慌てふためいたような意思ある波打つ動きをしたかと思うと、
<いやいヤいや!! 何でスの!? そな『代替』とか、まったク、オミちゃん聞いてマセんのことでっセ!?>
相変わらずの定まらない口調でそうまくし立てる。しかしその焦燥を全く意に介せず、アルゼはこう続けるのであった。
「……このオミロを『右腕』とします」
<ちょちょちょちょ!? アルゼはん、そんナ、初耳でスやん!! それに、うっとこ、あんなデカブツの『腕』になんか『変化』できマせんてバ!!>
珍しくうろたえるオミロの様子を見て、ああー、人智を超えたこの金属生命体も、アルゼの摩訶不思議なペースに巻き込まれてるー、と、ジンはこんな状況ながら笑いをかみ殺すのに注力を強いられている。
「大丈夫。いいから」
オミロの反論も全く響いていない体で、真顔のアルゼはそう話を自分ペースでぐいぐいと持っていこうとしている。
<エ? 何が? 何が大丈夫で、何がいいンですの? いろいろ言いたイことはありますけど、ひとつ、あんな巨大な『代物』になるのは、物理的に無理でッシャろ?>
オミロがアルゼの体から離れ、中空で、「ミニチュアジェネシス」の形態に変化したかと思うと、全身を使ったジェスチャーで、「不可能」を訴えかける。