#009:狼狽の、シナバー
#009:狼狽の、シナバー
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その、漫画やアニメでしかお目にかかれないような、細身で手足の長い体型の女の人は、仕留めた獲物を軽く革靴の先で小突くと、その傍らにしゃがみこんだ。細いザイルのような縄を取り出すと、その黒い「化物」の、大きく開いた口の部分にかけようとしている。
「イレメストォ、アォッキラハム?」
そして顔だけをこちらに向けて、またも何かしらを問われるものの、言葉はやっぱり分からない。英語であれば、結構流暢に会話できる自信はあるんだけれど。
今や英語だけ出来れば地球のどこに行ってもほぼ事足りてしまうので、それ以外の外国語を学ぶことは義務教育ではほぼ無いと言っていいわけで。まあここが「地球上の国」である可能性は紙のように薄いと言わざるを得ないけど。
「あ~、えーと、僕はその……自分でもよく分からないんですが……」
でも、こちらからも何か言わなくちゃ。例え意味が通じないとしても、ひとまず意思の疎通を図ろうとする意志はあることを示しておいた方がいい。と、僕が、困っている感を言外に匂わせつつ、あまり意味の無い言葉を紡ぎ出した、その時だった。
「アア、……アナタは『アソォカゥ』の方から来ました、ヒトでありますか? ワタシはその地方の言葉ヲ、少し喋るのことが出来ます」
!!……いきなりその女の人の口から飛び出した、カタコトはカタコトだけど、まぎれも無い「日本語」に面食らってしまう僕。
ええー? ここはやっぱり地球の、どこか重力が弱まっている何らかのパワースポット的な所なの? いや、そんなパワースポット聞いたことないし、ましてやパワースポットとは言えないだろうし。僕の頭は混乱を極める。
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「そろそろ時間よ、起きたら?」
「うおおおおおっと!」
飛び起きたミザイヤが見やったベッドの横には、黙々と散らかった服をたたんでいるエディロアの姿があった。髪は下ろしていて、少しイメージが変わって見える。
何というか、張り詰めていた「気」のようなものが消え、ふわりとした穏やかさすら感じさせていた。
「な、なんでお前がいんだよ!? 驚かせんな!」
泡食いながらも怒鳴るミザイヤの方を向きもせず、
「どうせあなたのことだから、ふて寝でもしてるのかなと思って。『パーティー』に遅れるとあれだから起こしに来ただけ。ベル鳴らしても応答ないし、鍵開いてたから勝手に入ったけど」
エディロアは相変わらずの口調でそう言う。しかし言葉尻にいつもの険は無い。
「勝手に入んな! 起こし方も、もっと何かあるだろーが? いきなり耳元で囁きやがって、叩き起こされるよりたち悪いぜ」
ベッドの上に立ち上がったまま、息を荒げてミザイヤ。
「今度からそうするわ。じゃあ着替えて早く下に来てね、先いってる」
畳んだ服をきちんと机の上に揃えると、振り返りもせずにさっさと部屋を出て行くエディロア。
「何なんだよあいつは……苦手だぜ」
さすがのミザイヤも、エディロアの不思議なペースにはいつも付いていけないでいる。と言うか、双方が双方なわけで、その真意に気づくのはまだまだ先の話になりそうなのだが……それはともかく、
「……飲みの席でまた司令に食い下がってみるか」
まだ故障した愛機のことで頭がいっぱいのミザイヤは、ベッドから降りてシャワーを浴びに浴室へと向かうのであった。
別棟第一ハンガー。
「さあーて今日はアルゼの就任祝いですから、ぱーっとやっちゃいましょうねー」
会議室から引っ張ってきたキャスター付きのデスクを前に、ホーミィが仕切る。前もって用意してあったのか、その上には料理やら酒瓶と思われる褐色のボトルやらが所狭しと並べられていた。
「そうそ、『新型』も先ほど搬入されたことですしね」
司令も他の者に混じって笑顔でグラスを持っている。その他、とりあえず手の空いた30名ほどが、この「会場」にはいた。
「アルゼⅩⅡ士は、明日から実機訓練に入るので酒は控えること」
「は、はいー」
カァージは相変わらずで、隣のアルゼのグラスに、とろみと濁りが見て取れるジュースらしきものを注いでいる(ちなみに法律でも18歳以下の飲酒は禁じられているのだが……)。
「しかしあれですなー、司令も思い切った買い物をしましたもんだぁ。ジナの新型をいち早く配備とはぁーいやー、俺も乗ってみたいもんですなあ」
その屈強な手に握られた、ひときわ大きなグラスなのかジョッキなのかに満たされていたと思われる液体は既に底の方にやや残っているだけであり、もうかなり酒が入っているとしか思えない口調でオセル。
「あらぁ、あんたには『ステイブル』があるでしょーが。それに似たような『人型』とはいえ、全くの別物っぽいわよー。かなりのセンスがないと無・理」
その横でデスクに軽く腰掛けながらフォーティア(Ⅰ士:ちなみにオセルとも同期)。と、新型の話には渋い顔のミザイヤ。
「と、とにかくそれじゃあ、アルゼ=ロナのアクスウェル地区自警着任を祝って乾杯ぃ―!!」
そして、とりあえず乾杯だけしちゃって後は知らない、みたいなホーミィの音頭により、
「……乾杯!!」
なんだかんだで歓迎会は始まったのであった。