#087:異味の、エボニー
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促されてくぐった扉の向こうは、青白い金属の壁で囲われた、割と広めの空間だった。ホールと呼ぶとしっくりくるだろうか。7~8m上くらいの高さにある天井はドーム状で、きれいな半球を描いている。その中央辺りには玉座のような豪奢な金色の飾りが施された椅子が存在感を持って置かれており、そこに座る一人の女性と、脇に付き従っている二人の男の姿が目に入った。
「さささ『最王斎』さまぁぁあああっ」
「こここの不審者どもをひっ捕らえてきましたぜぁっ」
長髪と丸男はその場に平伏しつつそう告げる。「最王斎」……この二人の挙動を見ると、相当に偉い人なのかとは思うけど。「玉座」にちんまりと座った姿からは、例えばソディバラ総司令ベンロァさんのような分かりやすい他を圧倒するオーラのようなものは感じ取れない。
「何か……差し迫った御用がおありのようですね……私の名前は『ファミィ・ウィーズル』。ようこそコティローへ」
しかしその整った顔つきは、正対した途端、がつんと殴られたかのように感じるほどに魅力的だ。ファミィ……さん、とそう呼ぶことにするけど、何だ? 穏やかな微笑を浮かべたその顔を見るだけで、引き込まれそうな感覚が沸き起こる。
そして予想はしていたことだけど、その可憐な唇から発せられた言語はやはり日本語。日本語を解する者がいると見越しての事なのだとしたら……この美麗なヒトは、何かを超越したような能力を持ってるのかも知れない。僕の思考は先ほどから揺さぶられっぱなしだけど。
「ワたし、『ジカル』いいマす。アソォカゥの言葉ノこと、少し話せるノことヨ。ファミさんニ、聞きたイのことハ、ここニいるジンさンが、ここのヒトたちと何らカ関係がないかトいうことナノなんでスけれド……」
そのひしひしと押し寄せて来るようなプレッシャーを全く意に介せず、いつもの自然体でジカルさんがそう切り出していく。さすが。いやでもいきなりの直球だな。僕のことに話が振られたので、少し緊張してしまうけど。
「はじめましてジカルさん。そしてこちらの方がジンさんとおっしゃられるのですね……なるほど、確かに『わたしたち』に似ていらっしゃいます」
物言いは落ち着いて柔らか。だけど、こちらの諸々を見越しての計算しつくされた発言にも聞こえる。「似ている」……外見は確かに、モンゴロイド的な雰囲気を共に持っている。座っているし、身に纏っている白いローブのような服からは体型は想像しづらいものの、傍らに立っているオリーブ色のつなぎを着た筋肉質の若い男の体は、「ここ」の人たちのように極端に手足長くて顔小さいという感じでは無い。
ただ、どう切り出していいかも分からない僕は、ただただその美しく輝きを放つファミィと名乗った女性の顔を見つめているだけだ。いや、見つめ続けてたら本当やばい。何というか、全思考を乗っ取られでもしてしまいそうだ。
「『ここ』に来た経緯をお忘れになっている……ですね? でしたらそれからのこと……少し伺ってもよろしいでしょうか?」
可憐な笑みを浮かべられても。熱に浮かされたようにぼーっと棒立ちで、ファミィ……さん、に言われるがままに喋り出そうとしてしまう僕の口を、小さな掌が覆う。
「ジン待っテ。何かイやな予感」
アルゼがそのまま僕の前にずいと歩み出て、ぐっとファミィさんと相対する。その表情は、あどけないいつものと違って凄みさえ感じさせるものに変化しているけど。「いやな予感」。それってここんとこ、九割以上当たってるからね……僕もおそらく来るだろう、その「予感」がもたらすものに備えて、頭を軽く振って自分を保つことに注力する。