#083:既視の、深緋
「おらぁそこまでだッ!!」
時間も空間も澱み止まったかに思える場に、いきなりの怒声混じりの牽制の声が掛かる。「フィギュア」……「パッシィちゃん」と呼んデぇな、と主張していたが、便宜上ここからは「オミロ」と称する……に相対していたミザイヤ達の後方から、物騒な気配と足音がこちらの方向に向かってきた。
「……!!」
まずい事態はまずい事態だったが、ともかく何らか事態は進展する、とほぼ直感的に感じたミザイヤは、意外とあっさりと手にしていた銃を放り投げて両手を上げる。
「ゲハハハハ、妙な『力場』を察知して来てみたらぁ~、とんだお客さんだぜぁ~」
野太い別の声も近づいて来た。ミザイヤの目顔の合図で、一同も武器を置いて無抵抗の意を示す。
「何者だ、てめえらぁ」
テンプレ気味のやり取りを押し付けて来るのは、妙にひょろ長い体躯をした、脂でぎとぎとの黒髪を汚らしく垂らした、中年とおぼしき男だった。ぐずぐずのカーキ色のつなぎを纏い、手には小銃らしきものを構えている。
「……通りすがりの、ただの仲良し6人組旅行者だ」
抑揚を交えずにそう返すミザイヤだが、見ろ、厄介なことになったじゃねえか、と非難混じりの視線はフォーティア辺りに飛ばす。
「なるほどぉ、砂塵巻く荒野の雄大景色とか、豊富な魚介を味わったり、名産の土器を見に来ましたってち~が~う~だ~ろ~」
球体に近い巨大な胴体に、これまた球体に近い大顔が乗っているという巨漢の方が、そのような返しをして来たのを真顔で受け止めながらも、こんな面倒くささが後から後から押し寄せて来るんだろうなというのを肌で感じてしまうのであった。
「こいつら、『自警』のやつらだなぁ? アクスウェルかソディバラとかかは知らねえが、ここをアソォカゥの領地と知っての、あ、狼藉かぁぁぁぁぁ!?」
銃を持っていない方の掌を突き出し、どんと地面を踏みしめ、そう決める長髪男。
「……」
そろそろ耐えきれなくなってきたのか、少し真顔のジカルが、めんどくさいデすしフクロにシましょうカ? みたいな視線をミザイヤに投げてくるものの、いや、逆にこいつらに案内してもらった方が早いんじゃね? と視線と表情だけで返す。
「俺らにあだなす不埒者どもは、全て滅殺と相場が決まっているんでいっ!! おとなしくてめえらの車に乗ってついてきやがれぃっ!! おっと、こっちの嬢ちゃんは人質だ。俺らが『最王斎』様にお裁きをお願いするからよぉ、げっげっげ」
丸い男は凶悪そうな面を歪めながら、きょとんとしたままのアルゼの首根っこを掴むと、その童顔に手にした拳銃の銃口を向ける。
「!!」
咄嗟に割って入ろうとしたジンを腕で遮って制すると、ミザイヤは落ち着け、との視線を寄越した。歯噛みするジンだが、万が一のある不利な状況であることは把握したらしく、一歩引いてその丸い男を睨みつけるだけに留める。
しかし、制止し忘れた「者」は、既に行動を起こしていた。
<コラァァァァァァァっ!!>
金属が擦り合わされるようなひどい音を立てながら、この場の誰もが反応しえなかった速度で、「金属フィギュア」……自らを「聖剣」と称した「オミロ」が弾けるように跳び、丸い男の顎を下から跳ね上げる。
「げんのっ!?」
形容しがたい呻き声を上げながら、丸い男はあえなく背中から倒れ込む。
「や、やろおごっ!?」
オミロは空中に一瞬、滞留した後、ぱたぱたぱたと「紙状」のボディを一度展開してから槍のような細長い形状に自らの体を巻き絞ると、凄まじい勢いで今度は長髪男の眉間に突っ込む。
<……汚い手でレディに触るんじゃあないぜ>
瞬く間に二人の暴漢を制したその手際に皆感心する半面、その読めないメンタリティに一抹の不安も醸される面々なのであった。