#081:奇観の、木蘭
ただならぬ気配を車中の全員が感じ取り、先ほどのミザイヤの制止も関わらず、各々の得物を携えて外に体を出すと、遠巻きにその折れ曲がる「金属板」の挙動を注視していた。
意思を持ったかのようなその「板」は、正確・精密・迅速に折れ曲がっていく。あらかたの「折り目」は付いたのだろうか、一度また一枚の平たい形態に戻ると、次の瞬間には折り目に沿って一斉に折れ曲がり、そして切れ目が入ったりしていく。
「……」
その尋常では無い様に、さしものアクスウェルの猛者たちも言葉と行動を忘れて見入ることしか出来ない。そんな不穏な空気の中、後部座席から車道に降り立ったアルゼだけが、その「板」が目指す「形態」に心当たりを見出したようだ。
「あれって、ちっちゃい『ジェネシス』?」
思わず漏れ出てしまった呟き声だったが、その隣にいたジンにも、言われてみると確かに、と納得させうるだけの的を射た発言であった。
「板」は複雑に折れ曲がりながら、当初の「一畳」くらいの大きさから、だんだん小さくまとまっていき、今や子供が遊ぶくらいの人形ほどしかない。しかしその鎧兜を着込んだ人間に似た、どことなく有機的なフォルムは、アルゼの駆る「鋼鉄兵機」の姿に酷似していた。
「まじかよ……何でまたジェネシス?」
混乱のあまり、あまり意味を為さない疑問が口を突いてしまうミザイヤだったが、「変形」が終わったところで、もういっちょ撃ち込んでやる、と「光の刃」が伸び絡みつくナイフを、右肩から背中の方へ回し、上段からの一撃を見舞おうと、その「フィギュア」状の物との間合いを詰めていく。
複雑怪奇な「フィギュア」の組み立てのような変形が終わったのか、ぺたりと座り込んだ姿勢のまま、その動きが止まった、と一同が思った瞬間だった。
<イヤ~シカシ、こんナところヒト通りますネンヤ~、わっちき、もう驚いタの驚かンノってほんにモウ~。あヤ、みなハん、こんにチはァ~>
いきなりその「人形」が、陽気なおっさんのような口調で、人語を喋くり出したことも皆に驚きを与えたのだが、
(なんだろう……どこの言葉だよ)
ひとり、その似非っぽい方言にも似た言葉を理解できていたジンにも、やはり何で機械がそんな上方っぽさを前面に出してくるのかは、範疇を軽く超えているのであった。
そんな混沌とした空気の中、マイペースです、と言わんばかりにその「フィギュア」は、よっこらせ、と立ち上がると、そちらを驚愕の体で注視している面々をきょろきょろと見渡している。
刹那、
「……せぁっ!!」
短い裂帛の気合いと共に、一歩踏み込んでいたミザイヤが上方から振りかぶった剣撃を、その「フィギュア」に向かって叩き下ろす。
<ちょちょチョちょ!! なな、ナにしはリさらしまスの!? 敵意無イ旨、いま洒脱なル挨拶で示しましたヤん~、えエ~、勘弁しぃタりぃのでッセ~正味ィ~>
慌てたような口調とは裏腹に、何事もなくその一撃を右手で受け止めると、またもどこの郷の言葉が判別不明の「音声」を発する。
「ちょ、ちょっと待ってっ!! 『敵』じゃあないって言ってますそいつ!!」
自分以外にはこの奇天烈な言葉が通じてないんだろうと素早く把握したジンは、ジカルを通してミザイヤにその旨を伝言してもらう。
諸手を高々と掲げたそのどことなくユーモラスな「降参」のような格好も併せて、ようやくミザイヤは剣を引く。