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#008:追憶の、黒

#008:追憶の、黒



「テルア、メセテコゥラ、アミ、パソ?」

 しがみついていた両手を、えいと放して地面に着地する僕。やっぱり、この体に掛かる重力の感じが普段とは違う。酔っぱらったかのようなフワフワ感は、僕の体調によるものではなく、この「場所」のせいであったこと、その事に、自らの無事を安堵する気持ちと、じゃあここはどこなんだという不安が、僕の胸の内を錯綜する。

 僕に近づき、殊更ゆっくりと話しかけてきてくれた女性に関してもそうだ。僕の知っている「地球」のどの人種・民族とも異なるだろうという、言葉ではうまく説明できないけど、異質感を、対峙していて感じる。


「エサハァ、クルメト、ソムプロフ?」

 長い、土が所々塗れた布を頭に巻き付けている。その下に、両目を覆う黄味がかったレンズのゴーグルのようなものを掛けていて、表情の半分は伺えないものの、褐色の肌と、僕に何事か尋ねているのだろう、肉感的な唇は、中東の辺りの人を彷彿とさせる。


「あ、あのその……」

 しかし、首から下はやっぱり、見た記憶のないフォルムだ。顔はやや小さめなものの、僕らとそう変わらない感じ。でも肩幅はかなり狭く、手足、特に肘から先、膝から下がやけに細長い。戦闘服、なのだろうか、深緑の丈夫そうな生地で作られた服は上下二つのパーツに分かれており、それは僕の見知った「服」の形ではあったのだけど、その腰の位置もだいぶ高かった。

八頭身、いやそれ以上かも。何というか、漫画でしか見たことのないような、細身の体型。こう面と向かってみると、その存在自体に説得力が無いというか……、いや、この「重力」に……適応した結果と言えなくもない? 

 化物、重力、奇妙なヒト。以上の諸々の事から鑑み、僕は悟った。……自分が昨日までいた地球とは「異なる世界」にいるという事に。



(さて……少し寝るか。アルゼの歓迎パーティーとやらが夕方からだから、まあ少しはいけるだろ。ストライドのことは……また明日、だな。明日また考えるとするぜ)

 「A棟203号室」。簡素ながら割とゆったりとしたスペースをとってある自室に帰ってくるなり、ミザイヤは脱ぎ散らかした衣類を踏んずけながらベッドへ直行し、ばふ、と倒れこんだ。

 整備棟が近くにあり、開け放した窓からは、時折激しい金属音が聞こえてきたりもするのだが、長年の慣れといった感じで全く意に介さず、ミザイヤは即座に眠りへと引き込まれていくのであった。


………………………


 ミザイヤが戦災に見舞われたのは、十歳の頃のことである。


 場所は激戦地から程近いゼクセル帝国(当時)南西部コッファード地方の港街レフ。水揚げ量ゼクセル一だったこの街も軍港化と共に漁船の行き来すら制限されてしまっていた。


 そして運命の日の……それは昼を少し過ぎた頃だった。

 空を埋め尽くしたガドルファドル軍、数千の一斉空爆の前に、レフ住民の約半数―およそ四万人の命は一瞬にして奪われた。


 ミザイヤと、二つ違いのその弟は爆撃のその瞬間、街の中央にあった大図書館の地下書庫にいたため運良く難を逃れた。

 だが、一歩外に出た先は火の海に飲み込まれた地獄だった。悲鳴と怒号が響き渡る、自分たちの見慣れぬ世界と化してしまった街の中を、ミザイヤは顔を引きつらせながらも、弟の手を引き無我夢中で家まで走った。

 熱と煙を避けながら、やっとの思いでたどり着いたそこにはしかし、自分たちの暮らしていた家はおろか、建物という建物がなぎ倒されている悪夢のような光景が開けているだけだった。焼けた煉瓦と石と死体の山だけがあった。

 休日で父はようやく起きた頃だったろう、母は……まだはいはいしか出来ない妹は……祖父は……。

 ミザイヤと弟は恐怖と不安で泣き叫びながらあてどなく走り回り、両親たちを探した。深夜、焼き尽くされた自宅跡で呆然と座り込み、隣で弟が疲れ果て寝入ってしまっても、家族は帰ってこなかった。


 三日後、北方の街へと占領軍の手から逃れるトラックの荷台の上で、ミザイヤは弟と二人、この荒廃した世界に取り残されたことを実感する。そして自分の力で弟と自分を食わしていかなければならないことも。

 空腹のまま一昼夜、着いた街もあらゆる物資が不足している状態に置かれていた。誰もが逼迫して目を血走らせていた。そして子供だけだからといって差し伸べられる手も無かった。

 ミザイヤは人手不足の鉄工所で何とか働かせてもらい、殴られながら日払いのわずかな金を得る日々を送った。その金も弟と二人分の食費ですぐに消えた。厳しい寒さが迫るなか、ボロ布を被り、身を寄せ合って眠る公園の植え込みの中が二人の住まいであった。


 しかし、三か月が過ぎるか過ぎないかの頃、風邪から肺炎を併発したと思われる弟が、目の前であっさりと死んでいった。

 自分にはもう何も無い。寒さと栄養失調で朦朧とする意識の中、ミザイヤは自分の命も絶とうと、冷たくなった弟を背負ったまま、街を流れる汚れた川を目指した。

 ふらつきながら欄干を乗り越え、頭から飛び込もうとしたその瞬間、後ろから羽交い絞めにして止めたのは、一人の勇気ある中年の婦人だった。その腕の中でミザイヤは意識を失った。


 病院のベッドで気が付いたのはそれから一週間近く経った後のことだった。ミザイヤは天涯孤独の身となったが、もう死にたいとは考えなくなっていた。橋から飛び降りかけたあの時、抱きとめられた腕の中でミザイヤは確かにこう聞いたのである。


……死んではだめ。あなたはあなたの代わりに死んだ人たちのために生きる義務があるの。生きなさい、と。


 不思議とその言葉は頭から離れることはなかった。その日からミザイヤは名も告げず去った品の良い婦人を捜した。しかし、その街のどこを捜しても目指すそのひとは見つからなかった。

 代わりに、街外れの墓地で簡素で小さいながらもきちんとした墓石と、生死の淵の夢うつつの中で、何度もつぶやいた弟の名前がそこに彫られているのを見つけた。


 八年が経過した。十八歳になったミザイヤは戦後復興のうねりの中、逞しい青年に成長していた。

様々な職を転々とするその日暮らしの生活は相変わらずであったが、世を渡るダーティな術も身に付けた彼は、裏方面にも顔の利く、同じ不良仲間からも一目置かれる存在となっていた。街を我がもの顔で闊歩し、暴力に任せた無茶な交渉もやってのけていた。そんな中、ミザイヤは再会したのである。あの、記憶の中にいた命の恩人と。


 銃器取引の中核幹部として地区のあちこちに手を伸ばしていたミザイヤは、一斉摘発によってあっけなくその身柄を確保された。

 取り調べ室の中、これが初めてというわけでもなく、また金でも掴ませて……のようなことを考え、次なるしのぎの算段を巡らせていた自分と向き合ったのは、かつての恩人であった。アクスウェル地区自警機関の紺色の制服に身を包んだその老婦人は八年前と同じ目で真っすぐにミザイヤを見ていた。

 ミザイヤは自分を恥じた。「生きる義務」の意味を取り違えていた自分を。


 以上がミザイヤと総司令カヴィラ=ワストー・クォーラとの出会い、そして再会である。


 ミザイヤは一年三ヶ月の刑期を模範囚として真面目に全うし、翌年、自警機関の国家試験を幹部候補生顔負けの成績で突破、特別機動隊所属・特殊乗用鋼鉄兵機のパイロットとして、異形の物との果てし無い戦いへと、その身を置くことを決意したのであった。


 自分を生かしてくれたひとたち、そして生命と人生の恩人……司令のために。


 ―そして現在に至る。


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