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#078:伝播の、猩々緋



「ちょっと待った。止めろ」


 数刻、経過しただろうか。まどろみから目覚めた助手席のミザイヤが、前方の異常に気付き、そう声を上げる。


「はっ!! 停車します!!」


 運転を担っていた、いかついスキンヘッド……ボランド―がそう大声で律儀に返事をすると、車の速度を緩める。その目にも、遥か彼方まで伸びるかのようなこのベージュ色の「車道」の上の異状が見て取れたようだった。その太い眉の下の眼が大きく見開かれる。


「何あれ……」


 最前列の座席と座席の間から身を乗り出すようにして、フォーティアが前方を見やる。その端正な顔の眉間にも、不審感を露わにしたような皺が寄っていた。


 前方の道。そこには、上空から突き立ったのか、地底から這い伸びたのかは定かではないが、大人ひとりの大きさほどはある、銀色の「棘」のようなものが屹立していたのであった。


 光の加減によっては漆黒にも見えるその金属のような質感の「棘」は、周り一面、赤茶色の荒野にひときわ目立って映えている。対向車が注意してすれ違えるほどの道幅しかない「車道」のど真ん中に鎮座しているその「物体」は、ひと目、頑丈そうな感じであって、もしこれに衝突でもしていたら、車の速度から鑑みても、あわや、というところであった。


「何か……危険な感じ、しますねー」


 言葉ほどには緊張感を見せていないジカルが、その赤い目を凝らして、砂塵が強まってきた外の様子を伺いつつ言う。


「……質感とかが似ているってわけじゃねえけどよー、『骨鱗コツリン』の奴と、何か同じ佇まいを感じるのは俺だけか? だが何でこんなところに『ある』?」


 ミザイヤは自分の足元から、丹念にツヤ消しされた自分の小銃を引き出し、膝の上に乗せる。


「見た目そうかな? と思ったけど、『兵機』のような『機械』って感じでも無さそうねえ。どうするの? 素通りってわけにもいかないでしょ。少ないとは言え、ここを通る車両もあるだろうし」


 フォーティアも、懐に小型の拳銃を忍ばせたジャケットに袖を通しながら言う。そして片目ずつに装着するかたちの水中メガネのようなゴーグルも取り出して装着する。


「ひとまず、外に出て様子見といくぜ。フォーティア頼む。後は待機」


 ゴーグルを嵌めたミザイヤが扉を開けて車外に出ていくと共に、その真後ろに座っていたフォーティアも、アイアイ、のような返事をしてそれに続く。


 見渡すばかりの赤い荒野に、まるっきり湿度を感じさせない強風が吹きつけている。巻き上げられる砂によって、視界は先ほどよりだいぶ狭まっているようだ。そんな中でも、異形の黒い「棘」は、周囲の「赤」から浮き出すかのようにして、尚更その存在感を増していっているような気がする。


 警戒しつつ、直近まで歩み寄るミザイヤとフォーティアだったが、「棘」の状況に変化は見られない。上部は牙のように尖っていて、下部にいくにしたがって、その裾野は広がっていっている。土面の隆起から見て、「上から降ってきて埋まった」のでは無く、「下から植物のように発芽し伸びた」ように見て取れた。


(……ってことは、地底からの物、すなわち『マ』関連の何物かって話になっちまうが……やれやれ、厄介なことになりそうだ。アソォカゥの『縄張り』も程近いしよぉ)


 ミザイヤのいやな予感というものは、いやな時ほどよく当たるのであった。



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