#074:出立の、サルファーイエロー
#074:出立の、サルファーイエロー
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いよいよ、旅立ちの日と相成った。
目指す「アソォカゥ」の地はここより北東の方角だと言う。距離は僕に馴染みのある単位で表すと、「約600キロメートル」。移動手段は大型のワンボックスのような「クルマ」とのことで、シートは三列、座席は七つ。これに六名が乗り込み、一路、未だ詳細の分からないままの謎の地へと向かう。
「ジンー、コレタベルー?」
そのクルマの後部座席に座るように促された僕は、勢いよく隣に乗り込んできた少女……アルゼから、片言ながらも大分こなれてきた「日本語」で話しかけられている。
差し出されたのはどうやら「飴」のようで、その緑と黄色の包み紙を見て、ああこれね、と眼前に迫った少女に気取られないように嘆息する。
風味はハッカとレモンと、あと何だろう、ユーカリみたいな感じで、それらをほのかな甘みで包んだ、すっとするけど疲れも取れる、すごく絶妙なお味でそれは申し分ないのだけれど、大きさがピンポン玉くらいあるんだよね……
棒が刺さってるわけでもないから、その大玉を口いっぱいに頬張るんだけど、まあ口内の粘膜がごわごわになることこの上ないわけで。おまけに喉に詰まる絶妙の直径なもんだから、口に含んでいる間はあまり気が抜けない。
ここの人たちは、そんな大きさが普通のようで、めいめいが真顔で口の中を転がしているけど。いい大人たちがそんな子供のような感じで堪能しているのを見ると、やっぱここ異世界なんだな、と妙に納得させられるところはある。
「モウスグ、ジンノ故郷ニ、帰レルノネー」
僕の横でむふふーというような鼻息を立てながらそう言ってくれる女の子。黒と額の上だけが真っ赤な髪の毛が動くたびにさらりと揺れる。目はここの人たちとしては平均的くらいなんだろうけど、アニメのように大きく、そしてくるくるよく動く。笑顔はとても可愛らしい。
今日はふんわりとした水色のワンピースを身に着けているけど、どうやら私服みたいで、他の方々もカジュアルな格好だ。僕もグレーのシャツと黒いパンツといったシンプルなのを着させられている。
この「星」の人々は手脚長くて、頭小さく胴短い、みたいな理想的なスタイルをしている方が多いので(例外はいるけど)、服もそんな仕様だから、僕の体に合わせるのは大変だった。結果、ぶかぶかのシャツを、臍の上まで上げたパンツでぐいと締めた、珍妙な格好になっている。後は「アソォカゥ顔」(らしい)を念のため隠しておこうということで、似合わない四角いレンズのサングラスを掛けさせられているけど、逆に目立たない?
それよりも、あくまで「地区自警」という立場は隠しての「アソォカゥ」入りだとのことで、逆にそれが緊張するよ。一体どんなところなんだ?
「ジンハー、故郷デハ、学校ニ通ッテイタリスルノカナー」
歌うように軽やかな言葉が口いっぱいの飴と格闘している僕の耳に流れて来る。
アルゼは僕と同じ十三歳だそうで、僕より頭いっこは小さいその細身とか、屈託のない表情は、僕の同級の女の子たちよりは幼く感じられるものの、何と言ってもあの「巨大ロボ」を自在に操れる天賦の才を持っているそうで、それに乗ってあの恐ろしい化物どもとやり合ってるなんて、とても想像がつかない。
それにこの語学能力。出会ってからまだ数日しか経ってないのに、日に日に「日本語」が別人レベルで上達しているところが凄まじい。まあ僕の「故郷」ではないと思うんだけれど。思いたいんだけれど。