#070:推測の、スレート
#070:推測の、スレート
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のっぴきならない空気に、いきなり放り込まれて、いきなり投げ出された感じだった。
金髪のすごい美少女に睨まれ、多分撃たれそうにまでなっていたかと思うんだけれど、何とか助かったのでしょうか、僕は。
剣呑な空気は霧散したものの、何か釈然しない感じもある。何だろう、これ。
「あブナかったのネー、ソディバラのやつラは総司令以下、皆々血の気が多いノことね。ジンさン、無事でなにヨり」
背後からジカルさんがそうは労わってくれるものの、どことなく他人事みたいなニュアンスも感じる。こういった物騒なことが、日常茶飯事みたいな言い方。それはどうなの。
「……アナタガ、ジカルニ助ケダサレタ、少年デスカ?」
と、柔らかそうな物腰だが、かなり唐突に話しかけられた。深緑の髪を横分けにした、眼鏡の細身のヒトだ。ジカルさんよりもカタコトだけど、教科書みたいな綺麗で丁寧な構文に思える。
はい、そうです、私はジカルさんに助けられた少年です、と僕もその教科書構文につられるような形で答えを返すと、その眼鏡の人は顎に手をやってしげしげと車椅子に座る僕の全身を見回してきた。
そして僕には理解できない言葉で何事かをジカルさんと二言三言交わす。
「ジンサン。ドウゾ私ノ事ハ『ルフト』ト呼ンデ下サイ」
そう、僕の目を見ながら自己紹介してくれた眼鏡の人……「ルフト」さんのレンズの奥の深い緑色の目は、何というか、ここで出会った人たちの中でもひときわ知的な光に満ちているように思える。
イントネーションは少し外れていて、昔の人工音声のような喋り口だけど、まごうことなき「日本語」であるわけで。世界……地球の共通言語であるわけでもなく、今や話者数も1000万くらいしかいない、そんなマイナー言語をすっと話せるなんて。
見たところ、翻訳パットを喉に貼っているわけでもないし、発声との遅れもないし、つまりは肉声。つまりはこのルフトさんは日本語を自脳で解しているということになる。
なぜこの地球とは異なるだろう惑星で、地球のいち辺境言語が結構な確率で認知されているのか? それは謎だけど、ひとつヒントはある。
「アナタハ記憶ヲ失ッテイル可能性ガアリマスカ?」
ルフトさんはそう柔らかに問いかけてくる。記憶は、緊急事態に陥った船から、この「星」に着くまでの間のものがまるきり無い。その事を告げると、デハ昔ノ記憶ハアル、とルフトさんは自分に言い聞かせるかのように呟いた。
「船からこの星まで」。それがどのくらいの時間を経ていたのか、日時を確認しておけば良かったな、と僕はそこまで思い至ると、自分が着ていた「スーツ」はどうなったんだろう、とジカルさんを振り返り聞いてみる。
あアー、ちゃんト洗浄カけといたのコトねー、とのことで、流石と感謝。
「……ジンサン」
と、ルフトさんが妙に畏まった感じでそう切り出してくる。何だろう。
「『アソォカゥ』ニ、行ッテミマセンカ?」
うん、何となく予想はしていた。僕が幾度となく、そこの人ではないかと間違えられたその「アソォカゥ」という名の、国だろうか? 地区だろうか? に、何かしらのヒントはあるのではないかと、僕も考えが至っていた。
行ってみるしかない、との決意は既に固まっていたものの、まだ自由に動かせない体がもどかしい。