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#007:制動の、ヘイズル

#007:制動の、ヘイズル


 呼吸を無理やりに意識的に大きく行うことによって、ようやく落ち着いてきた僕は、自分の身に何が起こったのか、少しづつ分かってきていた。


「……」

 巨大な樫に似た、頑丈そうな幹と、光沢のある葉(でもその色は真っ青な)を持つ、その常緑樹(常青樹、かも知れないけど)のてっぺん辺りに、僕は必死で手を回し、しがみついているのだけれど、不思議と自分の体重がそこまで負荷に感じない。何というか、セミのように軽やかに木に留まっていた(セミが軽やかに行っているのかは分からないけど)。


「……」

 そして先ほどの「瞬間移動」にも思えた、この体の移動……それらから導き出された答えは、とどのつまり、「重力が弱い」ということだ。僕は先刻、今は遥か眼下に見える、あの「化物」から逃げ出そうとした時、振り向きざまに思い切り右足を踏み込んだ。普段の感覚であれば、前方へと走ろうとする時、前へと、そして少し上へと力を掛けるんだけど(もちろん無意識に)、重力の低い「ここ」では、上への力が予想以上に強く出てしまい、体がアクションゲームのような、超人的な大ジャンプになってしまったと、そういうわけなんだろう。


「……」

 と、そこまでは数分の時間を費やしつつも、何とか思考がたどり着いた僕だが、依然、状況は芳しくないままだ。下に見える黒い「化物」は、僕という獲物を諦めきれないのか、低い唸り声を上げたまま、巨木の周りを徘徊している。木に登ってくる気配を見せないのだけは本当に良かったと思うけど、このままじゃどうともならないよ。思い切って隣の木から木へどんどん飛び移ってみるか? いや、さっきは無我夢中だったし、まだ自分の跳躍力がどの程度のものなのか全然つかめていない。しくじって地面に落ちたらアウトだ。うーん、どうしよう。このまま向こうが諦めるまで、まんじりと根比べするしかないのだろうか……その時だった。


「……ドァアクゥっ!!」

 というような吠え声のような苦痛による叫びが、いきなり下方から発せられた。驚いて下を覗き込む。そこには首の後ろ、うなじの辺り(と、思われる。何というか、先ほどより輪郭がはっきりして見えた)から硝煙のようなピンク色の霧のようなものを立ち上らせている「化物」の、うつ伏せに倒れこんでいる姿が見て取れた。


「……」

 そしてその動かなくなった「化物」に近づいて来る人影。そう、遠目からでも二足歩行をする「ヒト」だということは分かった。僕は少しほっとする。その人影はライフル銃のような長い得物を携えており、その銃身の先からは「化物」の首から発せられているのと同じ、ピンクの煙がたなびいていた。この人が……仕留めてくれたのか。


「……テビレ、モゥレノコバラゥス」

 そして、10メートルくらい上方で情けなく木の幹にしがみついていた僕のことも認識されていたようだ。落ち着いた女性の声は、意味は分からなかったが、僕に向けられた言葉なんだろうな、と感じた。僕は意を決して、幹に手足の力を慎重に掛けながら、ゆっくりと下へ向けて降り始める。


「お前が今日着任の例のパイロットか……」

 ミザイヤが、その少女の外見を無遠慮に眺めながらそう言う。


「は、はい!……あのカァージさん、こちらは……」

 その赤髪の少女、アルゼ=ロナは再び元気な返事をすると、隣で何事かを書き込んでいるカァージに小声で聞く。


「その方はミザイヤⅡ騎。失礼のないように、アルゼⅩⅡ士」

 ちらりとアルゼの方を見やると、きびしめの口調でそう釘を刺すカァージ。


「に、Ⅱ騎であられましたかぁ……。わ、わたし……」

 またしても勢いよく敬礼しようとするアルゼを、


「まてまて!そうしゃっちょこばることもねーって。階級はまあ便宜的なもんだ。そんな厳しいことはないから楽にしてくれ」

 押しとどめるようにミザイヤが制す。


「お前の教育に関しては私に一任されている。とかくパイロットを志願する者は日常の振る舞いに問題がある場合が多々ある。そこらへんを叩き込むのでそのつもりで」

 落ち着き払ってながらも、厳しさのにじみ出る口調でそう告げるカァージ。同じくパイロットであるミザイヤも思い当たるところがあり、ひやりとするのだが……。


「カァージ、あんまり軍隊然としたしきたりとか覚えこませるなよ。司令もそんなことは望んでないはずだしな」

カァージらしい、と言えばらしいが、と思いつつミザイヤが一応そう言う。


「わかりました。……ではアルゼ=ロナ、明日からの訓練に備えて、本日は十分に休息を取ること。お前の部屋は、女子寮『C棟707室』。このカードを管理人に見せれば判る。荷物も届けられているはずだ」

 相変わらずの「お役所」口調でカァージ。しかしそれを聞くや、


「『707』ってことは7Fってことですかぁ!?やったー、私そうゆう高いところに一度住んでみたかったんですー」

 アルゼはぱっと顔を輝かせると、素直に感情を表している。


(ま、確かにおもしろい人材ではあるけどな。こいつは化けそうな感じがするぜ)

 その様子を見つつ、ミザイヤが思った。そんな中、


「あれ? Ⅱ騎もここにいたんですかぁ。交渉はうまくいきました?」

 フッとシミュレート室のドアが開くと、そこから先ほどの銀髪少女、ホーミィが顔をのぞかせた。ブルーの制服に着替えている。


「……その話はまたあとでな」

 こいつ……アルゼの前で、新型のために俺がわり食ってることは流石にいえないよな、などと思いつつ、


「それよりお前は?新パイロットに挨拶か?」

 ミザイヤはそう話をそらす。


「アルゼは学校の後輩なんですぅ。出身も同じだし、ここに来たらって誘ったわけでして」

 ホーミィが言いつつ小さく手を振ると、アルゼもぺこりとおじぎを返した。


「ではいろいろと案内してやるといい、ホーミィⅩⅠ士。同じ『C棟』で暮らすことだし、ちょうどいい」

 カァージがまた何事かを書き込みつつ言う。


「はい! じゃあアルゼ、着替えてさっそくいきましょー。それでは失礼します!」

 敬礼すると、ホーミィはアルゼを伴ってシミュレート室から軽やかに出て行った。瞬間閉まったドアの向こうから、二人の弾んだ声がこちらにまで響いてくる。


「また騒がしくなりそうだな。ホーミィの時もそうだったしなあ」

「ええ、でも彼女たちはどんどん伸びる素質を備えています。すぐに世代交代も考えられますが……Ⅱ騎」

 カァージが珍しく少しいたずらっぽい目をしてミザイヤを見やる。


「もう隠居扱いか? やめてくれって。俺も『ストライド』もあと10年はがんばれるさ」

 ミザイヤもにやりとそう返すと、その部屋を後にした。

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