#066:蠱惑の、スカイブルー
ジェネシスが未だ整備中である別棟のハンガーに向け、ルフトは先に立ってエトォダを緩やかにエスコートする。急ぎ過ぎず、また、滞りもせず。
「……」
この辺の間合いは大したものであり、扱いづらそうなメンタルをしていそうな、母親似の傲岸不遜さを垣間見せるエトォダも、先ほどから無言でそれに従っている。
女社会であるこのアクスウェル地区自警における彼なりの処世術は、いまや職人レベルの域に達しているのであった。
しかし。
「……ホーミィ! ちょうどいい所に」
別棟へ通じる渡り廊下の途中で、横合いからいきなりそう声を掛けられる。
「Ⅱ騎……」
ミザイヤであった。またも制服はだらしなく着崩されている。
その間の悪さに、思わず真顔で白目を剥きそうになる銀髪の少女であったが、その不穏な空気を察知できるような人種ではなく、やおら意気込んでこう告げるのであった。
「……何かよぉ、ソディバラの奴ら、『ストライド』らしき機体を持ってきてるみたいなんだわ。軽く偵察に行って、あわよくば断裂したパーツの代わりを外し取ってきちまうって妙案があるんだが……」
みーくーんっ、と心の中で盛大に叫んでみるホーミィだったが、もはや諦めの境地で目の前の「甲冑」の挙動に注目するしか出来なくなっている。
「……お主が『ストライド』乗りの。何度か立ち回りは見させてもらっているぞ」
しかし、意外なことに甲冑の中からは穏やかなエトォダの声が返ってくる。却って恐ろしさを感じなくもなかったが、ルフトはこれを好機と見て、局面を誘おうと必死で言葉を繰り出す。
「あ、ああー、そうでしたねえ、ソディバラでも一二を争う『兵機乗り』のエトォダ様ですものねえ、他の自警の兵機もチェックなされているとはぁぁいやーそれにしても研究熱心なことで」
白々しい説明口調になってしまったのはしょうがないが、せめてⅡ騎に伝わってくれ、と、はかない希望を抱き、言葉を紡ぐルフト。だが。
「……何だこのミニチュア兵機は」
ミザイヤはエトォダの甲冑姿を見て、そう真顔で漏らすのみであった。「ミニ」とは言いつつも彼の背丈よりも大きいのだが……
終わった、とルフトが頭を抱える。エトォダの機嫌を損ねるイコール、ソディバラ総司令の怒りを買うとの図式がやけにはっきりと脳裏に浮かんでしまい、絶句するほかに何もできない彼であった。
しかし、
「ほう……やはりお目が高い」
当のエトォダは、ミザイヤの無礼に思えた言葉に、あろうことか好意的な反応を見せるのであった。そして、
「!!」
突如、「甲冑」の前面が縦に割れる。左右に展開していくかのように「体」が真っ二つになったその金属の塊の中から、
「……超小型兵機『コーズィ』。小さいが、出力は『ウォーカー』を上回る。そして小さいが故の、使い道もあるのだ」
よいしょ、と可愛らしい声を上げながら出て来たのは、ホーミィと同年代くらいとしか思えない、十四、五の少女だった。
輝く金髪は肩くらいまで滑らかに流れ、大きな瞳はスカイブルー。その細身の体はかっちりとした耐衝撃スーツと思しき無骨なものに包まれているものの、
(……う、美しい)
ルフトが思わず目を奪われてしまうほど、弩級の魅惑オーラを放っているのであった。