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#062:雄弁の、ライラック

#062:雄弁の、ライラック


「『魔神』……とおっしゃるのは、その、『魔神』?」


 流石のルフトにも容易には理解には至らなかったようで、ずれた眼鏡の位置を右手の指の腹で直しながら、そんなわけの分からない単語を口走ってしまう。

場に流れる一瞬の沈黙を破り、紫煙をたなびかせながらベンロァが口を開く。


「そう『魔神』。ま、ものの例えっちゃあ、そうなるけどねえ。でも、確かに『魔神』と呼ぶに相応しかったよ。……もう三十年も前になるかい? カヴィラ」


 ベンロァは少し遠くを見る目をしてから、正面に座るカヴィラの顔に視線を戻す。と、今度は彼女の方が視線を中空にさまよわせると、遥か昔を思い出すかのように、ゆっくりと言葉を紡ぎ始める。


-三十五年。貴女も私も二十歳だったじゃない。


 まだこの辺りも青い草原が延々と広がっていた頃よ。のどかで、平和だった時代。


「マ」も顕在化していなかったし、戦争も始まる前だった。私とベンロァは『警士大学』っていう……まあ、士官の養成機関と言ったらしっくりくるかしら、に通う、花も恥じらう乙女たちだったのよ。


「……そんな無駄なくだりはいらないよ。さっさと要件をお話し」


 そこでベンロァの、つっこみなのか合いの手なのか、いずれにせよ妙に嵌まった声が遮った。一息入れていたカヴィラは、予定調和のように話を続ける。


-実地訓練で、レゾ山の中腹で合同演習を行っていた私たちは、……ああ、そうそう、今はもうそんな山は無くなってるか。リズラの方面の窪地ら辺て言えばいいかしらね。


 ともかく私は、銃弾や爆撃とは明らかに異なる、激しく甲高い衝撃音を遠くに聞いたの。尾を引いて炸裂したかのようなその轟音は、何かが空気を切り裂きながら落下してきて、そして地面にぶち当たったように聞こえたわ。実際、体にも微細な振動を感じた。


 ベンロァもそれを察知したようで、自然と目と目が合ったことを覚えている。そして物は言わずとも、確かめに行ってみよう、と頷きあったわ。


 後で叱られる事は承知で、演習をさりげなく抜けると、音が聞こえたと思しき場所目指して走ったの。後で考えると、何故そこまで周囲には伏せて隠れるように行ったのかは謎ですけど。何て言ったらいいんでしょう、刺激に飢えてた、って、いやだ、あまり褒められた話じゃないわね。


「くどい。何であんたはそんなにも前置きが長いの」


 再び入るベンロァの苦言も、心地よさげに受け止めると、少しの微笑を見せつつカヴィラは話を再開する。


-少し下った所には急で曲がりくねった小川が流れていたのだけど、その傍らに、その人影はうつ伏せで倒れていたの。体格は普通の成人男性くらいで、体つきは華奢だったけど、手足はかなり筋肉質で、おまけにひょろ長かった。


 顔は伏せられていて分からなかったけれど、髪は肩くらいまであって……でも何よりも驚いたのは、その「人影」の全身が、真っ黒だったこと。やや光を反射する、炭みたいな色。私はてっきりその「人」が山火事か何かで全身を焼かれてしまってから、ここまで焼き出されつつ、逃れて来たのかと思った。


 でも、その「人」の指が微かに動いているのを私は確認していた。生きてる、と思わず駆け寄って、大丈夫ですか、と声を掛けながらそのやけに重い体を助け起こそうとしたの。その後どうなるかも予想せずに。


 そこで一息入れるカヴィラ。話の途中、えらく緊張してティーセットをカチャカチャ言わせながら入ってきた、銀髪の少女ホーミィに軽く会釈をしつつ受け取っていたティーカップを優雅な仕草で口許に運ぶ。


 き、気を持たせる話し方をする……と、ルフトは内心、その先を促したいと欲求を抑えつけながら、話の続きを口を引き結んで待つ。


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