#056:相愛の、バーントシェンナ
#056:相愛の、バーントシェンナ
「ベンロァおばさまにお会いできるのは、ずいぶん久しぶりだから、私は少し楽しみではあるけど。元気かしら」
相変わらずこれまでの通常とは明らかに異なる、柔らかな空気を全身に纏ったかのようなエディロアの雰囲気に、呑まれ気味のミザイヤなのであった。
「おばさまて……」
そんな上等なババアかよ、と思いつつも、あ、いや、そう言やそうか、こいつは本当の姪だった、と思い返して納得してみるものの、そんな事よりも目の前の輝くばかりの瞳の魅力のような何だか正体不明の圧力のようなものに、体ごと押されてるんじゃないかくらいのよろめきを感じるミザイヤなのであった。丸椅子からこけそうになる尻を無理やり戻す。
「みーくんは、昔は結構おばさまに捕まってたしね、苦手もしょうがないか」
悪い時代のミザイヤの話である。銃器取引の中核幹部として名の通っていた数年前、幾度となく検挙されてはその度、得た金を吐き出しつつ釈放され……のようないたちごっこの追いかけっこを共に演じてきたのが、エディロアの伯母にして、ソディバラ地区自警の「豪鉄腕」、ベンロァカウボ=メサダ・ジーンそのひとなのであった。
いやそれよりも、とミザイヤは真顔になっていく自分に気付くのであった。
出たよ「みーくん」。きのうから本当にどうしちまったんだよ、と鈍いにも程がある兵機バカの悲しき思考回路なのであった。
「……」
ふと言葉を止め、遠くを見つめるような目をしながら、エディロアは何とも言えない幸せそうな微笑みを漏らすのであった。これに対しても、ズブ過ぎる哀れな男は、椅子ごとのけぞるくらいのリアクションしかかませないのであるが。
「……嬉しかった。助けに来てくれたとき」
真正面から艶のある黒い瞳に見据えられ、もはや壁に背中を張り付けるほどに後退していたミザイヤに、後は無いのであった。
「お、俺、お、れは……」
つっかえながらも、必死で言葉を探す。十歳の時、戦争で家族全てを喪ったミザイヤは、人から向けられる好意やそれ以上の感情に、うまく応えることが出来ないままで今までの人生を突っ張らかって突っ走ってきたのだった。
過去のきつい思い出が、黒い影のような実体を持って、ミザイヤをがんじがらめに絡め取り始めてくるようだった。棒切れか石のように硬くなった八歳の弟の冷えた重さが、今でも背中に感覚として残っている。叫び出したい衝動を浅い呼吸で押し殺していくしかなかった。
その時、
「……」
つ、とベッド上のエディロアの体が動いたと思った瞬間だった。膝立ちになったその温かく柔らかな体が、瘧のように震えるミザイヤの体を優しく抱きとめる。
「……」
久しく忘れていた人のぬくもりを感じ、ミザイヤの体の硬直が表層から深層にかけて、溶けるように解けていく。
言うべきことを言うための力が、腹の底に湧いて来たと感じた。
「俺は……お前を」
しかしそれ以上、ミザイヤは言葉を続けることが出来ない。エディロアの唇が、ミザイヤのそれを塞いだからだった。
これ以上の描写は不可能、と速やかに賢明に察した遥か高みからの視点は、天空できりもみしながら必死で人畜無害そうな人材へと焦点を合わせていくのであった。




