#005:異形の、ハンターグリーン
#005:異形の、ハンターグリーン
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その琥珀色に不気味に光る「目」は、宙を立ち泳ぎするかのようにゆっくりとしか進めていない僕の背後で、唸り声を立てながら、ゆっくりと近づいてきているようだ。僕と「それ」とを隔てる小川に足を踏み込んだと思われる微かな水音が聞こえてくる。
「……」
僕は恐怖を押し殺して、首だけで後ろを振り返る。野生動物とは目を合わせ、背中を見せないこと、って授業か何かで教わったじゃないか。僕は相手を刺激させないように、じりじりと首、そして体全体を、「それ」に向けた。
「!!」
野生動物……ではあるんだろう。でもその容貌は、僕が知っている限りの動物、いや生き物の姿とは何か、微妙に違っていた。違和感があった。ぐぐぐぐぐ、というような唸り声が、その狼然とした大きく裂いたように開かれた口から聞こえているけど、そこから覗く牙の色は黒い。いや、「黒い」という色をしていると言うよりは、そこだけ光の届かない宇宙空間のような、「何もないゆえの黒」、そんな感じだった。
そしてその「黒」は、牙のみならず、全身に至っている。何だろう、そこに確かにいるのに、はっきりとは認識できない。先ほどから僕を睨みつけている両眼だけはずっと琥珀色の光を発しているけど、その目を直視してしまうと、よりその周りの輪郭がぼんやりしてしまうような……これも僕の頭が誤作動を起こしてる結果のことなのだろうか。というか全てが夢であって欲しい。
距離5メートルくらいまでのそりのそりと近づかれた、「そいつ」の体高は、僕の目の高さより少し高そうだ。狼にしては体格が規格外。凶暴性……ありそう。そして何よりその得体の知れなさに、僕はお腹の辺りが痙攣するほどに恐怖を感じている。か、体が動かないよ……!!
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「『新型機』のパイロット?聞いてないわよー、まあ私じゃないってことは確かだけどねー」
本部3F。広々としたスペースが取られた事務室。結構な人数の職員らしき制服姿が、十数台はありそうな事務机について何か書き物をしていたり、書類を手に忙しそうに立ち回っている。その内のひとり、ミザイヤがその背中に声をかけた、デスクワークをしていた紫色の髪の女性が書類に目を落としたままでそう言う。
「全然そういう事は聞いてねーのか?お前の情報網を頼りにしてきたのによー」
その女性の隣のデスクに両手を突いて脱力しながら、ミザイヤがため息をつく。
「私が興味あんのは、色恋関連のゴシップネタだけだからね」
にやっとしながら、ミザイヤを見上げるその女性。白いワイシャツにベージュのタイトスカート。同色の上着は背後のハンガーに掛けてある。淡い紫色の髪は、透き通るような微細な色彩で、アップにまとめている。すっとした顎の線と、同じくほっそりとした体型。常に挑発的に輝く紫色の瞳は、どことなく妖艶な感じを与えなくもないが……。
フォーティア=ン・ギア。「Ⅰ士」。鋼鉄兵器「フリーダム」のパイロットだが、特殊な機体であるために出動の機会は月に数えるほどしかなく、普段はこうして机に向かっていることが多い。ちなみに彼女もミザイヤの同期。
「あ、でも」
何も言わずにさっさとその場を離れようとするミザイヤの背中に向かって、フォーティアが声を掛ける。
「今日だったかな、ウチに新しいパイロットが配属されるそーよ。何でもかなりの腕前らしーわ。『司令』のお墨付き」
「それを言えって。司令の……か」
(司令は……その今日付けのパイロットを新型機に乗せるつもりか? 新型に新パイロット……。とりあえず、そいつの顔でも見に行ってみるか)
思いつつ、事務室を後にするミザイヤ。未だ釈然としていない顔のまま、別棟へと続く連絡橋へと歩を進める。