#044:漸減の、サロー
#044:漸減の、サロー
ジェネシスのコクピットから、対峙する敵、「骨鱗」の出方をじっと伺っていたアルゼだったが、当のその異形の者は、まるで変温動物が日光浴をしているかのように身じろぎもせず、ただ立ち尽くすのみだった。
「もうっ!! そっちから来いってゆーのっ!!」
つい声が出てしまう少女の耳に、次の瞬間、聞きなれない「言葉」が響いて来る。
「……エレセトァ、アヴェンクア」
一通りの「コース料理」を堪能して満腹になったのだろうか、「骨鱗」は初めてその姿を現した時のように、落ち着き払った「音声」でこちらに語りかけてきたようだ。相変らずその声の出どころは判然としないものの、
「え……何?」
おそらく自分に向けられたんだろう、その言葉に戸惑うアルゼ。しかし、その眼前のディスプレイには、既にルフトの手による翻訳文が送信されてきていた。その処理能力にさすがーと呟きながらも、敵から視線を一瞬切って、その画面をちらと見やる。
<久しいな、『アヴェンクア』>
「アヴェン……クア?」
その響きに心当たりは無さそうだ。大きな黒い瞳に困惑を滲ませながら、少女は復唱するばかりであったが、
<……『アヴェンクア』について、該当する固有名詞がひとつだけありました>
本部からの迅速対応に、はやーいと呟きながらも、その続きを聞き漏らすまいと耳に全神経を集中させた。
<ありました……が、うーん、何というか、これ……これに該当、なんですかね? し、司令、いかが思われます……?>
沈着冷静が身上と思われたルフトが、戦時の通信でそう思わず上官の意見を伺ってしまうほどの事態に、アルゼ、およびその通信を傍受している指令車内のカァージも、何か得体の知れない不穏さを感じ取る。
とにかく情報を前線へ、との総司令カヴィラの落ち着いた声に後押しされるようにして、ルフトの声が再び聞こえてくる。
<……あ、『アヴェンクア』とは、2000年ほど前の古代、イズプリト人が『マ』を滅ぼすために、『神』から賜ったとされる、人智を越えた超絶兵器……『聖剣』がひとつ>
通信機からもさらに困惑が漏れ出てくるかのような言葉が続けられていく。
「る、ルフトさん!?」
アルゼがたまらず呼びかけるが、肚をくくったかのような、開き直ったかのような、言葉は止まらない。
<……『聖剣』。それは純度の高い『水晶』を起発体として、鉱石の持つ『展開子』を触媒に、『光力』を不可逆的波動エネルギーへと転換する『神魔術』の粋を集めたとされる、最強の生物兵器……>
繰り広げられる摩訶不思議な単語の連なりに、アルゼは既に真顔でふーんふーんと呟くことしか出来ていない。