#043:再建の、鸚緑
#043:再建の、鸚緑
<アルゼっ!! 迂闊に手を出すんじゃあないっ!!>
耳元に響く上官……カァージの怒声に身を縮こませつつ、アルゼは慌てて自らが搭乗する鋼鉄兵機を一歩引かせるが、対峙する「骨鱗」はまたしても静観モードに入ったかのようにぼんやりと突っ立っているばかりだった。
(このやろう……っ)
値踏みをされているかのようなその態度に、操縦中は沸点が低くなるのだろうか、あどけない少女の顔は血の気が滾って、鼻息も荒くなっている。が、
(……って落ち着いてアルゼ。リラークス、リラーァァァッツクスよぉぉぉぉぉ)
その少しくつろげられた鼻の両孔から、アルゼは勢いよく、脳まで届けとばかりに空気を吸い込む。
(……にしても)
シートの背もたれ部に少し肩甲骨の辺りをもたせかけながら、アルゼは少し冷静になった表情で眼前のモニターを見つめる。
「最新」と呼ばれていたこの鋼鉄兵機「ジェネシス」のコクピットは、「異常が通常」である他の鋼鉄兵機の……例えばオセルが乗る「ステイブル」の「操縦桿畑」のようでも無く、例えばエディロア搭乗機「ヴェロシティ」のような「耐G訓練機」のような無茶な作りでも無く、いたって普通に見える、操縦席に両手でそれぞれ操る二本の操縦桿、そして両足それぞれで踏む二つのペダルらしきもので構成されている。
(……何かやる気を失ったみたい。おなかいっぱいって事かな、文字通りの)
そしてそれを操るアルゼの体は、ジェネシスが静止した状態の今も、指を細かく上下に動かしたり、爪先をくるりと回したりと忙しなく動き続けていた。
ジェネシスは、名目上はジナ=テックという新進気鋭の鋼鉄兵機メーカーが、謎の出土物……「コア」と呼ばれる中枢機関を利用し、外殻を組み上げたマシンということになっている。
しかしその実、指の先から爪先まで、全てが土の中から発見された、いわば全身これ「遺物」であり、現在この機体を一から作り上げる技術は、残念ながら存在しない。
「マ」と呼ばれる異形の者たちが出現する、闇に満たされたような沼のような、地表に突如口を開ける漆黒の空隙……「イド」。
その近辺から、図ったかのように出土するのが、「コア」を始めとする、失われた技術の残骸たち。その大抵が、掌に乗る小型のものから、せいぜいが両腕に抱えられるほどの大きさのものであるのとは別に、ごく稀に巨大な物が発見されることがある。
四年ほど前、北東大陸南部に位置する、ジザベーラと呼ばれたかつての大帝国が繁栄した土地に、ひとつの自治区を呑み込むほどの巨大な「イド」が開いた。
漆黒の穴は、異形を吐き出すと共に、その場に存在する生命の全てを喰らい呑み込む。
犠牲者の総数は今になっても判然とはしないままであるが、慎ましく生活を営んでいたひとつの街が消えた。
ゼルメダ=ロスバクト。本名かどうかは定かでないがそう名乗る男が、その災厄の沼から私財を投げうって引き上げたのが、このジェネシスであり、消滅したジナルト自治区の名を冠して立ち上げられたのが、そのゼルメダ率いる急進成長著しい、総合的兵機カンパニー、ジナ=テックなのである。