#040:胎動の、赤
#040:胎動の、赤
(……これが限界。これで奴をやれていなければ……)
機体と同様に体を右側に横倒しにしながら、操縦席のエディロアは浅く激しい呼吸を繰り返していた。
先ほどの「最後の技」を繰り出した途中で、既にこの鋼鉄兵機ヴェロシティの動力源は使い切られていたのであった。しかし訪れた機を逃す彼女では無く、これで決めるとばかりに、自らの持つ「生命力」を「光力」と呼ばれるエネルギーに転換させ、高速回転を続ける機体に注ぎ込んでいたのである。
結果、今のエディロアは、指一本動かすのにも細心の注意と、不断の気合いを必要とされるほどに全身がままならない状態へと陥っていた。
(……しばらく、そのままでいてくれれば有難いけど)
件の「骨鱗」の方を伺おうにも、首すら起こすことも出来ずに、脱力したまま座席に固定されるがままのエディロア。しかし、
「……」
完全に動きを止めてしまったエディロアとその愛機ヴェロシティのすぐ前方では、不気味に蠢くひとつの影があった。
昆虫標本のように、四肢から胴体からさらには頸部まで、幾つもの「槍」と化した鋼鉄の「脚」に貫かれた「骨鱗」だったが、その目は相変わらず茫洋と空を眺めたままでいた。その、あまりやる気のようなものを感じさせない指令系統部とは裏腹に、体のあちこちでは奇妙な動きが見て取れる。
「槍」の刺さった「傷口」が、自らぱくりと割れ、小さな「口」のような器官を形成した。それらは瞳の瞬きのように素早く開閉を繰り返したかと思うと、刺し貫いている「槍」を一斉に咀嚼し始める。貫かれている向こう側の「槍」もどんどん短くなっていき、ほんの少しの瞬間の後、
「……」
完全に「槍」たちを自分の体内に収めたかに見える「骨鱗」は、仰臥の姿勢から勢いもつけずに、むわりと直立の姿勢に移行した。体のあちこちに開いた「口」を閉じると、その体は再び干からびた骨の質感に覆われる。
その表情や動作などからは、ダメージと呼ばれるものを食らっている感じは微塵も受けない。ただ、与えられた食事を淡々とこなした、のような、極めて穏便なムードが漂うばかりであった。
しかしまだ喰い足りないとでもいうのか、「骨鱗」は辺りを睥睨するや否や、ふわりと「獲物」の近くまで跳躍を行う。
「くっ……」
もはや機体はおろか、自らの体さえ動かすことの出来ないエディロアの乗る「球体」に、「骨鱗」は静かにその両掌を開いて支えるかのように触れる。次の瞬間、
「!!」
激しい金属音と共に、ヴェロシティの丸いボディを覆う鋼鉄の装甲が、尋常ではない力でずるずると吸い込まれながら剥がされていった。
規則正しい律動で、「骨鱗」の両掌に開いた「口」が、金属装甲をいともたやすく呑み込んでいく。ついに、籠のような檻のような金属骨格を残して、ヴェロシティはその内部を晒した。
(これまで……か)
そこから現れた横倒しに固定されたままのエディロアを見て、「骨鱗」は一瞬、喜悦の表情を浮かべたかのように、彼女には見えた。喰われる……と、流石の歴戦の勇士も目を伏せてしまった、その時だった。
「……ちええええええええすとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
素っ頓狂な裏声と共に、丸太のような鋼鉄の棒状のものが、「骨鱗」の横っ腹に激突する。
「!!」
多大な質量が生み出す衝撃を受け、吹っ飛ぶ「骨鱗」。そこには、
「……非汎用人型鋼鉄兵機っ!! 人造ロボティック=マシーン、『ジェネシス』っ、推~~参っ!!」
何故か決めのポーズを取った、アルゼが搭乗する鋼鉄兵機が、陽の光を反射しながら、その雄々しき姿を現していたのであった。