#032:表裏の、ヴィリディアン
#032:表裏の、ヴィリディアン
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辺りには不気味な静寂が訪れていた。その場にいるもので動きを見せているものは、ふたつ。
「……」
ひとつは、エディロア操る鋼鉄兵機ヴェロシティ。今しがた見せた高速回転はいったん切り上げ、しかし左脚は束ねたまま、一点で地面に突き刺さっているという状態。
もうひとつは、トカゲ型の怪物-ベザロアディム最後の一匹。仲間が全て屠られたにも関わらず、動揺する素振りすら見せていない。ゆるゆるとその長い首を巡らせながら、対峙する白い球体の内部を見通そうとするかのような視線を送ってきている。
(……やはり違う。何者? あいつは)
ほぼ90°左に傾いた姿勢ながらも、コクピットに着座するエディロアは冷静にその違和感を感じる個体の正体を見極めようと思考していた。
<Ⅰ騎、本部より、エドバⅢ督の小隊がこちらにもうすぐ着到するという伝令あり。待ちますか?>
ヘッドギアに設えられたインカムより、遠巻きに見ていることしか出来ないでいた部下の声が入って来る。俊敏な動きと、下手な攻撃は無効化してしまうこれらベザロアディムという怪物に対しては、鋼鉄兵機の援護ということさえ出来ないという現状に、歯噛みをしているかの口調だった。しかしその彼にも、この「最後の個体」のやばさのようなものは伝わっている……と、エディロアは考える。
(……先だって出会った、『突如進化』個体とも、どこか違うような雰囲気を感じるけど……じゃあ、だとしたら何ってことになる……何となくの不気味さはあるけど、それがうまく説明できない……)
援軍を待つのも手かも、とエディロアは思い始めている。実の父であるエドバの隊が来たところで、状況がさして好転することはないということは重々認識しているものの、先ほどからの無線のやり取りで、ミザイヤもそこに合流しているだろうことは、流れで理解していた。
鋼鉄兵機に乗っていない彼でも、彼なら何かを導き出してくれるかも知れない……淡い期待は、すなわち淡い他の何かでもあるわけなのだが、そこに気が付くエディロアではないのであった。ただ単に、ミザイヤの「戦士」としての資質に、自分には無い何かを感じて信頼している……そこ止まりなのであった。
「!!」
しかし、待ちの姿勢にエディロアが移行したことを察知したかのように、目の前の個体は動き始める。いや、正確には蠢き始めた。
その身体を包むようにして漂っていた黒い「煙」が一瞬のうちに霧散する。その中から現れたのは、細いトカゲのようなフォルムの生物であったが、次の瞬間、その口が天に向けて大きく開かれると、その内部に覗く灰桜色の粘膜が、ぐねぐねと意思を持ったかのように蠕動し始めた。そのまま自らの身体の外へ外へ、と「内部」が「外部」に覆いかぶさっていくかのようにその勢力を広げていく。
まるで身体全体が裏返るようにして、変貌していく様を、流石のエディロアも思考を停止させられ、見入るほかに何も出来ないままでいる。