#031:動地の、紅
#031:動地の、紅
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そしてここにいるのは、体にかかる様々な角度からの重力を意に介さない、超絶能力の持ち主であるわけで、その術者が操る、クラゲのような様態の大型の鋼鉄の丸い塊が、トリッキーな動きで三次元的に迫ってくるのである。いかな生態的には未知で人知の及ばないところが多々ある「マ」の者たちでも、戦慄を覚えないことはあり得ないのであった。
しかし。
(いちばん左端のやつ……あれだ)
普段の「怪物」たちの行動とは、明らかに異なる行動様式……それを長年、これら異形のもの達と肉薄しているエディロアには、頭ではなく、肌で感じるところがあった。
「……」
ただしそう思案している間も、攻撃の手を休める歴戦の彼女では無かった。さかさまだった姿勢から瞬時に右に横回転を打つと、やはりどこかからか指示を受けて行動しているのだろうか、コンマ数秒ほど動きが遅れる個体を、その思考の先まで見切って、鋭い脚先を払い、「面」で切り裂いていく。断末魔を上げ、膝から崩れていく怪物。
「……!!」
残る四匹。ここが仕掛け時と踏んだエディロアは、「必殺」技とでも言うべき、数多の異形生物を屠ってきたこのヴェロシティの最大奥義を放つ。この、彼女でしかなしえない荒業を。
球体の下部から伸びる、数十本の触手のような細い脚たちのうち、左側の約半分を束ねるようにして合わせると、その先端部を突き刺すように接地し、残る右半分ほどはそれと直角となるようにぴんと伸ばしてこれらも束ね合わせて一本にまとめる。
瞬間、左部の脚束の先端に出力を集中させたエディロアは、まず低めのジャンプをかますと、そのままの勢いに乗り、機体全体をコマのように回転させ始める。ふおん、と空を裂く音と共に、右の脚部は迫り出した回転ノコギリのような物騒な代物へと変貌している。跳躍を繰り返すごとに、その推進力は増していっているようだ。虚を突かれた怪物のうちの一匹が、あっさりとその「刃」に巻き込まれ、トカゲのような姿態の首の根元辺りを瞬時に両断されていく。
(……あと三つ!!)
当然コクピット内も凄まじい横回転に晒されているのだが、エディロアはまるで静謐な空間にいるかのように、その表情は闘志を保ってはいるが落ち着いて見える。
行き過ぎてはいる、と自警内でもその驚天の技に畏怖する者がいる一方で、まことに頼もしいとしか言いようがないのも事実なのであった。高速スピンする謎の物体と化したヴェロシティは、その見切れない動きとは裏腹の、着実な「索敵眼」で、残る三体の内の二体も、連続でそれらの頭部を跳ね飛ばしていく。