#030:超越の、ゼニスブルー
#030:超越の、ゼニスブルー
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立ち草もまばらな湿った斜面に、鋼鉄兵機ヴェロシティは無数の細い脚を突き立てるようにして、一見バランス悪そうな立ち姿勢でフラミンゴのように、そこに佇んでいる。
先ほど見せた軽やかな跳躍からの鋭い刺突によって、七体いた「敵」のうち二体を、一息のうちに沈めていた。残る個体は、その真っ白い真球から間合いを測るようにして、少し遠巻きに取り囲んでいる。しばし訪れる静寂。
(……何? このざりざりした違和感)
真球の内部は、エディロアが乗り込んでいるコクピットがある。操縦者は、両肩、両肘、両手首、腰と膝裏、そして足の裏に、それぞれを保護するためにプロテクターのようなものを纏っているが、それらはすべて座席自体に、しっかりと固定されているように見える。そして頭に付けたヘッドギアの後部も、シートの背面にくっついているようだ。
ぴんと伸びたどこか姿勢の良すぎる恰好のまま、エディロアは両手の指先だけで、このヴェロシティを意のままに操縦している。
(……『何か』が、あの五匹の中に紛れ込んでいる……異質な何かが)
がっちりと身体を固定しているのには理由があり、それは今の彼女の状況を見れば瞭然である。
(選定したいけれど……そうは簡単じゃないかしら。ただ……みな一様に『群れ』で動こうとしているのはそうなんだけど、何というか……指示、みたいなのを出して他の個体を促している奴がいる感じを受ける)
さかさまになったまま、エディロアはそう思案に暮れている。このコクピットは外部の動きや体勢によらず、常に水平に保たれる、ということなどは無く、球体が右に傾けば右に、前に転がれば前に、そのままの動きが内部の操縦者に忠実にもたらされるのである。
機体の動きに関わらず水平を保つことの出来るように、球体の外殻の中にコクピットを包む内殻が納まり、その間隙に粘性のある液体を満たして居住性を向上させた機体もあるにはある。
だがそれだと、内殻が完全に外界から封鎖されていなければならないわけで、操縦者の乗る内部には酸素の供給が必要となる。そして哀しいことに、そのための装置を購入・維持する余裕は、今のこのアクスウェル地区自警には皆目無いのであった。
古くから、「あるものを最大限活用する」「身体の方を機体に合わせる」といった、ままならない予算で、何とか組織を回すための教えを律儀に守って来ているここのパイロットの面々は、並みの人間では処理できない速度と正確さでもって、まるで人間が歩行するかのように、巨大な二足歩行のロボットに膨大な指示を同時並行的に出すことで滑らかに歩かせたり、一見何の関連性も無さそうな無数の操縦桿を倒したり回したりすることだけで、まったく異なる動きの指示を乗っている機体に出して的確に操ったり、そして三半規管が一瞬でやられそうになるような強烈なGを物ともせず、重力のある空間をまるで無重力であるかのように自在な角度で飛び跳ねたり動き回ったりと、不便極まりない機体を使って何とか生き死にの戦いを乗り越える内に、皆すべからく超人になっていくのであった。