#003:硬直の、紫
▽
身に着けているものは、ツアー客に配布された簡易スーツ。体ぴったりに調節された、薄いグレーのつなぎだ。心拍等をモニターする装置は腰のベルトと左手首のバングルに集約されている。船外活動用のちゃんとした宇宙服でないことを見ると、やっぱり、あのものすごい揺れの後、僕は宇宙空間に放り出されることもなく、無事にこの地上に降りられたということになるのだろうか。
でもどうやって? 脱出用のカプセルとか? うまく地上に着陸した後、僕の身体がそこから飛び出した、とか? うーん、その辺の記憶は全く無い。ひとまず周りを見回してみるが、例の青い葉の木々や草以外は、特に目につく物も無かった。
でもこのままここにずっと留まるのもあれだよね……辺りは薄日が差していてまだ日中といった感じで、露出している顔に感じる気温も適度に涼しいくらいだけど、夜になったら冷え込む可能性はある。スーツには温度を調節する機能ももちろんあるけど、無駄なエネルギーは使わないに越したことはないはず。
それに飲み食いの事もある。とりあえず人がいそうな所まで移動してみよう、とそう考えて僕は立ち上がろうとするけど、まだままならないのか、勢いが良すぎたのか、持ち上げた体がバランスを崩してしまい、あえなく尻餅をついてしまう。うーん、まだ完全に立ち直りはしていないみたいだ、僕の体は。目の方も疑わしいんだけど。
▼
「無理ね。予算は出せません」
本部3F。レンズの細い黒縁フレームの眼鏡をかけた女性が、冷ややかにそう告げる。薄紫のスーツをすっと着こなし、茶色の髪をひっつめ、いかにも仕事が出来そう、でも人には厳しそう、といった印象を与えている。
「何でだ? ありあまってんだろーが、予算なんてよー」
身を乗り出し、すらりとした体躯のその女性に食って掛かるミザイヤだが、
「無いものはないの。上官に向かってその言葉遣いも無いわよ」
綺麗に整っているが、全く温かみを感じさせない表情のまま、カウンター奥のその女性局員(?)はあくまで突っぱねる。
「おかしいだろーが、こんな薄給で働かせておいてよ。エディロア、おまえ俺だからってそんな対応なんじゃねーだろーな?」
ついつい荒い口調になるミザイヤに対し、
「はい、これ。ここ行けばパーツは山ほどあるから、『3式』でも『4式』でも好きなのを持ってってちょうだい。組み立てるのはあなた自身だけどね。人員も不足してることだし」
エディロアと呼ばれたその女性は、簡単な地図をそっけなく差し出し、自分の仕事に戻ろうとする。そこには赤い丸印がつけられていた。
「スクラップ置き場じゃねーかよ、おい!」
怒りで我を忘れそうになるミザイヤを無視し、エディロアは奥の自分のデスクにさっさと引っ込んでいった。
「ミザイヤⅡ騎、入ります」
見えない相手に敬礼しつつ、許可の言葉を待つ。本部最上階(7F)。この組織の最高指令の部屋に、畏れ多くもミザイヤは直訴に来ているのであった。頭に血が上りきっている彼だが、先ほどとは違い、ちゃんとした薄いブルーの制服を着ている。
「どうぞ、ミザイヤさん」
中から返ってきたのは、落ち着いた雰囲気を思わせる、年配の女性の声。さすがのミザイヤも恐縮しながら、ドアを静かに開け、室内に入る。
「お忙しいところ、まことに失礼しますが……」
「あらあら、あなたらしくもない。いいんですよ、わたくしがする事なんてたかが知れてますもの」
綺麗なグレーの髪をさっぱりまとめ、白のスーツを颯爽と着こなしたその女性の年齢は、おそらく五十はいっているだろう。しかしそのすっと伸びた背すじや肌の張りは、少しも老いを感じさせない。
カヴィラ=ワストー・クォーラ。「大戦」を戦士として生き抜いてきた数少ない一人であり、現在はこの「アクスウェル地区自警機関(ゼクセル自治郡)」の「総司令」というポストについている。物腰は柔らかく、穏やかな雰囲気を感じさせる人物だが、その身にまとったオーラは上に立つべくして立つ、といった他者を圧倒するものを持つ。
「用件を率直に言いますと……新機体導入のための予算を出していただきたいのです。先ほど点検したところ、脚部の金属パーツが断裂しているのを見つけました。そのパーツももう生産されていないと見込まれます。したがって修理は不可能。他の部分にも大分ガタがきてますしね」
ミザイヤが慣れない敬語を駆使して言う。
「そうですか、でも何故ここへ? そういうことはエディロアさんに一任しているはずですが」
司令は小首を傾げると、そう訊く。
「それがあの女……失礼、Ⅰ騎の言うところによると予算が無いとのことで、それを疑問に感じて、こうしてここに伺ったわけであります」
司令はこくこくと頷きながら訊いていたが、
「なるほど、判りました。でもエディロアさんが言っていることは正しいわ。うちの予算は今かなり切羽詰っちゃってるの。残念だけど『ストライド』一機まるまるを購入するお金はありません」
きっぱりとそう告げる。
「し、しかし、いくらなんでもそこまでは……」
「それがあるんですよ。何せ今月から『最新型』を導入するつもりなんですもの」
にっこり微笑む司令。その表情には少女のようなあどけなさも宿しているようにも見えた。
「は? 『最新型』……」
「そう、『ジナ=テック社』が開発した最新鋭の『人型メカ』!エディロアさんも言ってたけど、やっぱりロボットは『人型』よねえ」
「……え?」
ミザイヤの顔が固まる。