#028:俊敏の、フォーン
#028:俊敏の、フォーン
▽
苛立ちをかなり含ませながらの咆哮を一発。
そしてその余韻の中、黒い霧をまとったトカゲ様の「怪物」が石造りの建物の隙間と隙間からのたうつように這い出てくる。
ジカルさんの思惑通り、エンジンを吹かす音に引き付けられたか、怪物は右方向に頭を向けていた。僕からはそのもわもわとするだけの後頭部らしき部位が見えている。
そして怪物は、その顔の角度のまま、どすどすと歩き出て、全身をひらけた場所に晒す。その視線の先には、バイクを停め、丸腰で向き合うジカルさん。
……囮だ。彼女は囮を買って出てくれている。獰猛極まりなさげな、このベザロアディムとかいう、得体の知れない凶暴生物と対峙して、丸腰で。
「……」
絶対に仕留める。と、僕はこれまで13年近く生きてきて、初めてなんじゃないかと思えるくらいの強い思いに、頭の中が、そして胸の奥底辺りが満たされていくのを感じていた。
誰かに頼られること、誰かのために何かを為そうとすること。
それらの事が、僕に冷静さと図太さと闘志……それらひっくるめて「勇気」とでもいうのだろうか、構えた両腕に、その指の先にまで、そして銃口へと。見えない力のようなものが染みわたっていくようなイメージが湧いた。今しかない。
「ああああっ……!!」
自然と口をついた雄叫びのような声と共に、僕の撃ち放ったエネルギーの「弾丸」二連発は、寸分違わず、怪物のうなじに吸い込まれていった。
……はずだった。
「!!」
瞬間、考えられないほどの速度で、怪物は僕の方を向いていた。いや、振り向いたのか? 琥珀色に光る双眸が、いきなり後頭部に浮き上がっていたのだった。
そして、怪物は長い前肢を目の前で交差させると、「弾丸」を事もなく、その鋭い爪に当てて弾きいなしてしまう。
「う……」
思わずうめき声のような音が口から漏れ出てしまう僕。そうだよ「突如進化」!! 「動きガ今までに見たコとないくらいナもの」……そうジカルさんが注意してくれていたじゃないか!! 何を余裕かましていたんだ、僕は!!
……残弾ゼロ。それを見越しているのか、怪物は殊更にゆっくりとした動作でこちらに向き直る。おそらく僕を獲物と見定めたのだろう。確かに、銃を撃てなければ、バイクに跨っていないジカルさんよりも、たやすく捕らえられるターゲットだ。その煙に巻かれたような顔が、愉悦で歪んだかのように見えた。
怪物の股ごしに見えるジカルさんが、手ぶりで「逃げろ」と合図を送ってきている。でも。
「……」
逃げない。相手が油断している今がチャンスと思ったというのもある。でもそれよりも何かに突き動かされるようにして、僕は腰を落とした構えの姿勢を解かずに、その怪物と対峙し続けていた。
僕はジカルさんの、そしてここに住む人達のために、この怪物をやっつけたい。
そう改めて強く思った時には、身体が動いていた。
「……ジンさン!?」
ジカルさんが驚きの声を上げる中、僕は斜め前方に向けて、鋭い跳躍を始めている。低重力。一発勝負だったけど、その賭けに僕は勝った。前方宙がえりをするように、その怪物を飛び越えた頂点で頭を下にしつつ、構えた銃をそのうなじへとぴたりと向ける。
僕の予想外の動きに一瞬固まったその隙を、
「……逃すかぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
残弾はゼロだったかも知れないけど、僕の力を注ぎ込むとか何かすれば弾を補充できるというようなことを言っていた。「コウリョクで連続使用できる」とも。
よぉぉぉぉし、食らえ、僕の「コウリョク」をぉぉぉぉぉっ!!
気合いと共に引き金を引き絞った僕だったけど、
「……あひょぉぉぉぉぉぉぉぉぉいいいいいいいいいっ!!」
意図せぬ珍妙な絶叫が、勝手に喉奥から迸り出てしまう。体中の血管やら神経やらを、一気に極細の冷たい糸で一斉に引っ張られたような感覚……が、僕を襲う。な、何これ何これぇぇぇぇっ!!
「……」
悪寒と脱力感と、そしてほんのわずかな快感めいたものを感じ、僕の意識はそれきり途絶え
 




