#025:威風の、カーディナル
#025:威風の、カーディナル
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結論から言うと、この疲弊しつつも三方に気を配り、曲がりなりにも拮抗した膠着状態を維持できたことが、オセルの命運を分けたと言っても良かった。
「……」
じりじりと小刻みに「ステイブル」の上半身を回転させ、死角を作らないようにする。三方のどれか一角でも先走った動きをした者がいたなら、すかさずその眉間に鋼鉄の指弾を打ち込もうと、オセルは最後の集中力を振り絞って身構えていた。
その体からは、この鋼鉄兵機を作動させるために「生命力」という名のエネルギーが無慈悲に搾り取られ続けているはずだが、無精髭が心なしか伸びてきた感のあるその男は、顔がいい感じに歪みながらも、よく耐えていた。
「!!」
キシイ、というような短い叫び声を上げ、痺れを切らした三匹の内の真ん中の一匹が、ついにオセルの乗るステイブル目掛けて、間合いを詰める跳躍をしてくる。
とそれにつられるかのように、左右の二匹も、その発達した上腕を振り上げ、機体に打撃を与えようと迫ってきた。が、
「……フン」
しかしその一瞬のズレを見逃すオセルでは無かった。素行×、協調性×、勤勉さ×の評価を食らっている彼だが、こと鋼鉄兵機の操縦センスにかけては、天賦と呼ぶしかないほどの才能を持っていた。摩訶不思議な操縦方法を強いられる、このコクピットに群生する金属のイバラのような操縦桿を操ることが出来るのは、アクスウェルでは彼ひとりなのである。
疲弊しきっているとは思えない、凄まじい速度でその両腕が繰り出されると、目にも止まらぬ速さで金属イバラ達が、風にそよぐが如くあちこちに向けて揺れ動き始める。
「……ギヒィィィィっ」
と思うや、オセル操る、その鈍重そうに見える機体は、驚くべき速度でその右手を最短距離で前方へと突き出すと、その手刀は寸分違わず、「真ん中」の怪物の眉間に吸い込まれていた。苦し気な叫びを上げ、のけぞる怪物。
「……」
「仲間」のやられるのを見て、一瞬たたらを踏んだ両脇の二匹。この百戦錬磨の猛者の前でそのような隙を見せることは、自殺行為に等しい。苦し気に汗を滴らせながらも、オセルの顔がにやりと動いたや否や、
「……」
エルブ、のような叫びを残し、「左」の一匹の頭が後方へと吹っ飛ばされる。ステイブルの左腕、そこに設えられた「ガトリング砲」のようなごつい重量を持つそれを、弾丸を発射するのではなく、銃身をそのまま怪物の鼻っ面に叩きつけたのである。
「最後ぉっ!!」
ぐるりと上半身を巡らせ、残る「右」の一匹に渾身の右ストレートをかまそうと、後ろに腕を引き絞らせるオセル。しかし、その時だった。
「……」
コクピットがいきなり闇に包まれ、今までけたたましく響いていた駆動音も止む。蛍光緑の人工色が明滅していた空間に、一気に黒が侵食した。オセルの体から何とか送り込まれていたエネルギーが尽き、ステイブルが遂にその活動を停止せしめられてしまったのであった。
「……」
怪物ベザロアディムの黒い「霧」のようなものに包まれた顔が、笑ったかのように歪むのを、オセルは、ぷつりとブラックアウトする寸前のディスプレイ越しに確かに視認した。瞬間、怪物の鋭い爪が、もはや動くことままならない無防備な鋼鉄兵機に叩きつけられてくる。
「やろう……」
嫌な金属音が今度はコクピット内に響き渡ってくる。怪物はゆっくりと「エサ」の品定めを始めたらしく、硬い装甲の隙間部分に爪の先を探るように、ねじ込んできた。その様は、コクピット内にいる獲物を引きずり出そうと躍起になりつつも、喜悦を孕んでいるかのようにも見える。
(まじいな、こりゃ。今更このステイブルから這い出しても、逃げ切れるもんじゃねえ)
万策尽きたオセル。周りの他の自警の面々も先ほどから、小銃での射撃を始めたものの、怪物ベザロアディムの体周りに揺れる黒い「霧」にそのエネルギー銃弾は全て吸い込まれているように見える。ダメージは見られない。
(やれやれ、もっと訓練でもしとくべきだったか? いや、そんな殊勝な俺は、俺じゃないっ!!)
力強くそんなろくでもない事を思う混濁気味のオセルだったが、次の瞬間、予測もつかなかったことが起きる。
「!!」
眼前で爪をぐいぐい差し込んできていたベザロアディムの頭部うしろを、ピンク色の「光線」が、掠るかのように過ぎ去っていったのである。そして、
次の瞬間、その怪物は音も無く横へ崩れるように倒れていった。
(なんだ? 狙撃? いや、どっからだよ、遠すぎんべ……!!)
その超長距離から撃ち出されたに違いない光線の、正確無比な狙いを察し、オセルは絶句してしまう。