#021:黙考の、藍鉄
#021:黙考の、藍鉄
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「も、もアヒィィ、脚が限界だっつうのぉぉぉ、攣ってる、攣ってるからぁぁぁ」
東地区……
「勘弁やぁぁ、勘弁やでぇぇぇ」
激しい駆動に伴う大量の熱量の発生に、排出が全然追いついていなさそうな空間は、こもった機械油の臭気も凄まじいものがあるわけで、そんな不快指数が振り切れていそうな狭苦しいコクピットの中で、息を荒げているのは、汗みずくのオセルであった。
「野郎っ、『群れで狩る』なんて芸当、ついぞ前までは見せてなかっただろーが。学習速度早すぎんぞっ」
荒い呼吸ながらも、そう毒づくオセルだったが、そのいかつい顔にはべったりと疲労が貼り付いているかのようだ。悪態をつくことで何とか、気持ちを奮い立たせているようにも見える。
東地区はもともと荒廃がいちばん激しかった地域だった。そこを十年近くかけて、清浄な水を引き、穀物が実る広大な畑を、人々の手で作り上げたのである。オセル自身も、愛機「ステイブル」の強靭な馬力を駆使して、岩をどかし、木の根を掘り起こし、土を運んだりして、それに自発的に協力していた。もとよりそういった作業が好きであったのだろう。怠惰な彼には珍しく、本業以上に力を入れて臨んでいたのである。それゆえ、この地区への愛着もかなりのものがあった。
その畑が今、「怪物」たちによって、蹴散らされ、踏みにじられている。
到底、頭に血が昇るのを抑えることが出来るわけもなかったが、そこは地区自警で何年も飯の数を重ねているオセルであり、この時までは、実に冷静に事に当たり、自機の数倍の速さで動き回る、巨大なトカゲのような体躯の五匹の「怪物」相手に、動きの先を読んだ打撃や射撃によって、優勢、と思える局面まで誘導出来ていた。ただし、自らの疲労も限界に近づいていることも事実として認識している。
「怪物」達と互角に立ち回ることの出来る「鋼鉄兵機」は、己の駆る「ステイブル」一機のみ。後はアサルトライフルのような銃器を携えた歩兵が五名……いや六名。はっきり言うと、これら……「ベザロアディム」と名付けられた「怪物」たちには、小銃での射撃はほぼ効果が無いことを、ここにいる全員が、失望しつつも正確に理解はしていた。それでも引くわけにはいかないことも。
「ぐっ……だんだん攻撃のタイミングがほぼ同時、みたいになってきてやがる……こいつは偶然じゃねえ。多方向から同時に飛び掛かった方が、効率がいいってことを……学習し始めてんな。厄介ぃぃぃぃ」
オセルが叩きつける言葉と共に、機体の重心を下げ、周りを囲む五匹の「怪物」それぞれに隙を見せないよう細心の注意を持って、じりじりとその機体の上部を回転させていく。
鋼鉄兵機「ステイブル」は、見ようによっては「ジェネシス」のような全身甲冑を着込んだ「人型」に見えなくはないものの、その下半身は八本に分かれた収縮可動する車輪付きの「脚」に支えられている構造を取っており、その上に360°回転できるごつい装甲の上半身が乗っている。上半身は一応人型と呼べるだろうが、まあでっぷりとした中年男のような何とも言えないフォルムであった。右手は何かを掴めるよう、三本の指が搭載、一方の左手は大口径の銃身そのものとなっており、ここから弾丸を発射することが出来るようになっている。
したがって、周りを囲まれたとは言え、オセルの腕前をもってすれば、どの方向の相手にも即応で対処できるわけだが、彼が感じているように、「化物」も知恵をつけてきていると見え、少しづつ、押し込まれてきているのが現状。
(さてさて……どうするべいか)
袖口で脂ぎった顔をごしりとひと擦りしつつ、オセルは意外と落ち着いて相手の出方を見ているが……