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#002:静寂の、白


 目の前は、真っ白に見えた。


 雲のような煙のような……自分の身体の重さを感じない。水に浮かんでいるような……いやそれよりも宙に浮かんでいるかのような感覚……ああ、僕は無重力な空間にいるんだなあ、と、そうぼんやりしたままの頭で何となく感じていた。


 あの衝撃の瞬間から、僕はどうなったんだろう。死んだ……? ではこの今は死後の世界とやら……? この浮世離れしたフワフワ感覚からは、そう思わせる説得力があるのだけれど。


 そして何も考えたくない気分……このままずーっとこのままでいいんじゃないの? 的、引きずり込まれるほどの眠気と心地よさを感じ続けていた。


「……」


 しかし、耳には水の流れる音が聞こえてくる。それもそれでやはり耳に心地よい響きではあったものの、僕を現実へと引き戻すには充分なほどの、リアルな音だったわけで。同時に、自分の左手の指先に、冷たい感触も伝わっている。


「……」


 重い瞼を、若干、白目になりつつも必死で持ち上げる。草のにおいがその瞬間、強烈に香ってきた。そして地面、土。僕は顔の左半分を、冷え切った地べたへ付けてうつ伏していた。僕は確か宇宙観光ツアーの最中だったはずだ。でもここはまごうことなき地上なわけで。空気も重力も感じる。


 シップが不時着したにしろ、地球から結構離れていたよね……うまいこと戻ってこれたとか? そういうことなんだろうか。全然わからない。


 目の前には結構速い流れの小川。僕の左手はその流水の中に手首まで突っ込まれている状態だった。慌てて手を引っ込めようとするが、体は何というか、脳から指令がいってからたっぷり一秒くらいの間を持ってから反応を始めるといった、何だかロボットを操縦しているかのような、ぎこちない、もどかしい動きだ。でも体は意思通り動く。どこにも痛みは感じない。


「……」


 上半身をゆっくりと持ち上げてから、両脚もそろりと動かし、あぐらの姿勢まで持っていく。この間、約三十秒。体はやはり借り物のような感覚だ。改めて辺りを見渡す。小川は木々に囲まれた岩場を滔々と僕の左手方向に向かって流れている。渓流……一言でいうとそうなんだろうけど、生えている木々や草に、僕は違和感を覚えていた。緑というよりは、青に近い色合い。植物でこんな色……見たことないと思う。僕の目がどうかしてしまっているのだろうか? 


「お疲れさまです、Ⅱ騎」


 鋼鉄兵器「ストライド」をハンガーに戻し、操縦席から重そうなハッチを開け出てきたミザイヤにそう声をかけたのは、


「ああ……ホーミィ、いま手あいてるか?」


「はい! Ⅱ騎のお手伝いなら、何でもやらさせていただきますよぅー」


 まだ少女と思われる面影を残した、美しい銀髪の女性……女の子、と言った方が良いだろうか。ホーミィと呼ばれたその少女は、愛らしい顔立ちに、その大きな深い藍色の瞳が目を引く。整備でもしていたのだろうか、小柄で華奢な体には、油染みた群青色のつなぎを身に着けていた。


「左脚の調子が思わしくねーんだ。かといって整備のやつらを煩わせるほどのもんじゃねえとも思う」


 言いつつ、ミザイヤは着ていたボディスーツのジッパーを胸元まで開けた。瞬間立ち上る男の匂いに、銀髪少女、ホーミィは少しどぎまぎしたりするのだが……


「……たぶん何かの破片でもはさまってるんじゃねーかぐらいの事だろう。ちょっと操縦席に乗って左を上げといてもらえないか?」


「はい! ただいま!」


 気を取り直して元気よく返事をしたホーミィは、素早くタラップを駆け上り、操縦席に細い体を滑り込ませる。それと入れ代わりにミザイヤは機体右側面に回り、脚部動力機関につながる外装プレートを開けた。内部は複雑な金属の部品がひしめくようにして、鈍い光を発している。


「どうですかー? 何回か上げ下げしてみますー?」


 その内部機構に顔を寄せながら確認していたミザイヤに、前方の操縦席からホーミィが尋ねてくる。


「ああ、頼む。……異物じゃねえのか……ん? こいつは…」


 機体の中に顔を突っ込まんばかりにして凝視しながらそうつぶやくミザイヤに、


「? ……何か見つかりましたか?」


 ホーミィはレバーを慎重に操作しながら尋ねる。


「……金属疲労だな。パーツがありえない所で断絶してやがる。綺麗にぱっくりいってるから、動かす度につながったり離れたりしてたんだな。違和感の原因はこいつか」


 機体から顔を背けると、ため息まじりにミザイヤが言う。


「はあ……この機体、けっこう年季入ってますもんねえー」


「まあ、俺がここに配属されてきた時からのだしな。その時でさえ、かなりぼろかったし」


 その「愛機」のボディを軽く拳で叩きながら、ミザイヤは頷く。


「パーツ、上に言って調達してきます?」


 左脚部をゆっくりと下ろすと、エンジンを切ってホーミィが操縦席からひょこりと顔を出した。そしてそのままタラップを降りてミザイヤの隣に来る。


「そうだな……でも無いよな多分。これ自体、試作機段階のを無理言ってここに引っ張ってきたらしいんだぜ? その『後継機』も今や最新ので『4式』。製造元の『コザァーン』でも、こんな旧式もう扱ってないだろうよ。こいつはもう諦めるしかないか」


「そうですかー。ちょっとかわいそうですねぇ」


 ホーミィが鈍く光る「ストライド:零式」の機体を見やりながらそう言う。


「……Ⅱ騎といったらこの『ストライド』って感じだったんですけどね。残念ー」


「ま、そのイメージは多分変わらねーぜ。…これから上に言って新しい『ストライド』の機体を申請するつもりだ。やっぱり乗り慣れたやつがいちばんだと思うしな。システムの書き換えもすんなりいくはず……『4式』とは言わないが、『3式』、最低でも『2式』にはしてもらいてえもんだな」


 にやりとしつつ、そうのたまうミザイヤだったが……。


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