#016:天授の、スカーレット
#016:天授の、スカーレット
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「……銃を扱ッたこト無いとノことデすが、大丈夫、問題ないのコとです」
ジカルさんは建物と建物の間、ちょうどこの単車を入れ込むことのできる隙間にぎりぎり滑り込むと、一度エンジンを切って、後ろ手に僕に長細い金属製の筒状のものを押し付けてくる。
「……」
うん、まあ猟銃っぽいよね……ライフル、というのだろうか。全体が鈍い光を放つ金属で出来ていると見える。見た目かなりの重量と思われるが、片手で何とか支えられるくらいだ。あ、低重力。だから軽く感じるわけか。
ひょいと受け取った僕の様子を見るや、うんうんと頷きつつ、ジカルさんは肩越しに構え方の指示を飛ばしてくる。
右手でグリップを握り、左手は銃身辺りに添える。右肩辺りに銃の後ろの部分(ストックと言うらしい)をしっかりつけ、頬もそのストックに付ける。肘は落とし、肩の力は抜く。やや前傾で、あとは慌てず目標を照準に捉えたら引き金をゆっくりと引き絞るだけ。
言われた通りにやってみると、何かサマになったような構え姿勢になったけど、でも疾走するバイクの上から撃つんですよね? 今日初めて銃器を装備した僕に、そんな流鏑馬的芸当が果たして出来るのでしょうか?
「……」
その辺りの無理さ加減を、ジカルさんに直訴するものの、大丈夫大丈夫―、と歌うようにあしらわれ、直後、急発進を受けて僕の体は後ろにのけぞる。
両手は塞がってて、脚だけでバイクを挟んで何とか振り落とされないように頑張っている状態……急制動を控えてくれるよう叫ぶように頼むと、ジカルさんは自分のシート後部から革のベルトのようなものを引き出すと、その先に付いたカラビナのような金具を僕の簡易スーツのベルト穴に引っかけてくれた。
ああ、これなら少し安心。と思う間もなく、容赦の無くなった、急にも程がある加速が始まり、僕は真顔のまま、内股の筋肉を締めることのみに全神経を集中させる。
▼
一方、
「出撃準備完了!! 前方にベザロアディム二体確認! 指示をお願いします!!」
南地区に到着したアルゼとカァージは、すでに銃撃が始まっている「戦場」後方でキャリアーから「ジェネシス」を降ろすと、出るきっかけを伺っていた。かなり先の方で、不気味な唸り声と銃声がくぐもって響いて来ている。
(もう少し目標に接近するか?……いや、『こいつ』ならやれるはず)
カァージ一瞬の逡巡ののち、
「この場から長距離狙撃を行う!! ライフル装備!! 狙撃開始!!」
通信機に向けてそう言い放つ。
「りょ、了解!!」
不慣れゆえ焦れるような緩慢な動作ではあったが、片膝を地面にしっかりと突き姿勢を整えると、滑らかにジェネシスの左手がキャリアーに積まれていた特大の(大人二十人はまたがれそうな)「猟銃」を掴み、そして構える。
右手でグリップを握り、左手は銃身辺りに添えられる。右肩辺りにストックはしっかりと固定されており、表情の無い甲冑の面兜のような頭部もそのストックに押し付けられている。肘は落ち、機械だが、肩の力は何故かほどよく抜けているように見える。
やや前傾の、傍目にも堂に入った、美しい射撃姿勢。目標は豆粒くらいにしか見えていないはずだが、コクピット内の少女は、あまり意に介していないようだ。
(落ちついて落ちついて!! シミュ通りにやればいいんだもん! このくらいの距離なら問題ないし、よーく狙ってぇ)
瞬間、
「!!」
腹に響く発射音と共に、特大の「ライフル」から、これまた極太のピンク色の光線が射出された。光線ははるか先の目標―「怪物」のうちの一匹の側頭部あたりを掠めると、彼方に向けて吸い込まれていく。
(外したか。まあ実戦初だ。大きく逸れてないぶん、まあまあの出来と言えるか)
カァージはそう評価するが……しかし。
「……!! ……!!」
一瞬後、表現しにくいうめき声を上げたかと思うと、その怪物は静かにうつぶせになるよう膝から崩れ落ちる。
(い、いや違う。外して……などいない! こいつ……)
驚愕するカァージを尻目に、
「もうひとつ!!」
アルゼのジェネシスは光線を再度ぶっ放す。同じく頭をそれに擦られたもう一匹も、腰を沈め横に倒れこんだ。
(目標の損傷……および周りへの被害を最小限に抑えつつ仕留めているのか!! 脳を揺らすあの一点に撃ち込まなければあんな風にはならないだろう……なんて腕前だ)
ため息すら出てしまうカァージ。怪物らと交戦していた他の自警の面々も呆気にとられてしまっている。一方のアルゼは、自分のその天賦の才を自覚しているのかいないのか、
「やりましたよぉ~カァージさん!! やっぱりこのジェネシス、すっごく扱いやすいですー!!」
素直に喜んでたりするのだが……
「二匹やったぐらいで気を抜くな!! 南東地区まで急ぐぞ!!」
カァージの命令に慌ててキャリアーに戻り始めた。