#014:後塵の、ドラブ
#014:後塵の、ドラブ
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ジカルさんと二ケツにて転がすこと、二時間……と言っていいのだろうか。この世界の時の流れはわからないけれど、多分、時間の概念なんかは変わらないよね……と思いたい。陽は暮れてきていて、辺りは夕焼け……なんだろうけど、僕の知っている色とは、また少し違和感を覚えさせる色合いの染まり方だ。何というか、紅色、といった感じの。
何度目かの丘を登り切ったところで、眼下が一面、灰色に染まった。高い人工物……塔、って言うのかな? が目に留まる。あれか? 「自治区」ってやつは。
慌てつつも慎重に、僕はヘルメットのシールドを跳ね上げ、まじまじとその遠目にもかなり高い壁のような塀のようなものに、ぐるりを囲まれた建物群を見やる。
石造りの建物っぽい。それがひしめき合うように林立している。そして所々に人工的な柔らかい色の灯りが見える。
人が、住んでいるんだ。僕はこれまで街道の端々で見てきた、殺風景な、朽ち果てたかのような民家を思い出し、やっと人々の営み的なものに触れて少し安堵していた。
が。
が、だった。
「ジンさん、まずイ事態ガ起こってイる模様デす。地区内に『イド』が5つも噴出……凶暴な『マ』が大量に現れまシタね。そして未だ十体以上が殲滅サれずに、地区内に潜伏してイる……」
ジカルさんの、緊迫した声がメット内に響いてきた。「凶暴」なものが「潜伏」……さきほどの黒い化物みたいなのが、ってことだよ……ね。後ろに背負わされている、その正にの、その死骸が動きだすんじゃないかと考えてしまい、僕は背中から脳髄にかけて這い上がってきた、ぞわり感に身をすくめる。
「……とにカく、『区内』に入りマしょウ。私タちも、加勢しなクては……!!」
急加速で下り坂をぶっ放され、僕は自分の体勢を整えるのに必死になってしまうけれど、「加勢」はともかく、「私たち」って、え? 僕は頭数には入っていませんよね?
「……あノ身体能力、たダ者ではナいと踏んデます。ジンさん、アなたの力を貸しテくだサい」
ジカルさんの切なる申し出ですけど、あのスーパージャンプは、重力が弱いことによるものであって。決して僕が超人であるわけではないのであって。
と思ったところで、ふと頭によぎった。待てよ。この重力下では、僕は超人?
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一方……。
「はあっ、はあっ、野郎、さんざん走らせて……ぐっ、疲れさせてからゆっくり料理してやろうってつもりだな。腹減ってんだろーに悠長なやつらだぜ。ボランドー!! はやく狙撃しろって!!」
ぜえぜえと呼吸を荒げながら、やけくそ気味で、そう怒鳴るミザイヤ。先ほどからずっと、防戦一方で、後ろに迫る「怪物」三匹を小銃で威嚇射撃しつつ、自治区の街中のせまい路地をかけずり回っている。
<Ⅱ騎!! その先を右に!! やつらの『うなじ』をこっちに向けてください!!>
ヘルメット内部につけられたスピーカーから、ようやく狙撃準備が完了したと思われるボランドーの指示が出る。
「了解!! 外すなよ!!」
十字路に転がり込みつつ方向転換すると、ミザイヤは後ろを振り向きざま、小銃のエネルギーを上げ、連射を始める。
「……!!」
連続で撃ち込まれるその威力を受け、はじめて「怪物」たちが立ち止まる。しかし、
(この程度じゃ、ひるませるのが精一杯か……!! 頼むぜ、狙撃)
そのエネルギーの「弾丸」を何発も食らっているのにも関わらず、「怪物」たちにこれといったダメージは見えない。うるさそうに手で払うような仕草をすると、じりじりと間合いを詰めてくる。ミザイヤまでの距離はあと20mほどしかない。
「Ⅱ騎、支援に参りました!! 遅れて申し訳ありません!!」
と、その時、わき道からごつい猟銃のようなものを抱えて出てきた数人の人影。そして、
「わはは、さすがのお前も兵機無しじゃあそのざまか! まったく、指示も聞かずに飛び出すからいかんのだ」
腹をさすりながら悠然とした歩調で現れたのは、
「エドバⅢ督……」
だった。薄茶色の制服は特注らしいが、そのでっぷり体型を何とかぎりぎり収めているという感じでぴちぴちである。
エドバ・ジーン。大戦の頃は過酷な戦場を駆け巡り、八面六臂の活躍をした(本人談)歴戦の勇士だったらしいが……。エディロアの父親。一人娘には甘く、ミザイヤとはそりが合わない。
「ずいぶんゆっくりのお出ましで」
「貴様らが突っ走りすぎなんだっての。撃て!!!」
エドバの号令を受け、
「……!!」
横一列、六人の猟兵が構えた「猟銃」から、断続的に拳ほどの大きさはある「エネルギー弾」が放たれる。
「ふはは、どうだ!! さすがのこいつらもこれを食らってはひとたまりもあるまい!」
「……」
エドバは呑気に構えてるが、どう見ても先ほどの小銃での攻撃とのリアクションに差は見られない。ミザイヤは真顔で次の算段を立て始める。