#128:閉幕の、サンドリヨン
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どこから記憶が無かったかは、よく分からなかった。諸々失っている僕が更に失ったわけだけど。何というかそのことに慣れ始めている自分がいる。いや、慣れたとて! 慣れたとてだけれど。
直前まで見ていた夢の残滓も思い出せないまま、唐突に自分が「起きなきゃ」みたいな強迫感にかられて、うわあと跳ね起きるといった最悪の目覚めではあったものの、とにかく僕の意識は戻ってきたようだった。
今までのことが全部夢……みたいなことを考えなかったわけじゃない。でもそれをそれほど期待もしていない事にも頭のどこかで気づいていた。
「ジンー……」
白い天井、簡素なベッド、そして……半身を起こした僕の首元に思い切り巻き付いてくる体温。
「よカったー、3日も寝テたからー……」
アルゼの香りに包まれながら、僕はとても落ち着いてるけど、穏やかに高揚しているといった、何とも言えない感情に支配されている。意を決し、僕は両手をそろりと、その華奢な背中にあてがい、少し力を入れてみた。その感触が伝わったのだろうか、彼女の方もぐいぐいと僕の首に回した腕に力を込めてくる。
終わったんだ、という思いを確信する。災厄を、退けることが出来たんだ。この、いたいけな少女の手によって。僕も、少しは役に立てたのだろうか。
「……そレに、『ヤツ』を確実に仕留めタかったから、限界まデ、……あ、うーんと、限界ヲほんのちょっと超エるくらいまでジンから『光力』を抽出しちゃッたから……もうダメかと……」
涙声でそう耳元で囁かれるけど、仕留められかかっていたのは僕だった!!
……いや、アルゼの判断は正しい。いつだって正しいんだ。いつだって一生懸命に最適解を求めるその姿勢に、僕は、僕らは何度も助けられてきたじゃないか。
「……オゥタジィラ」
この惑星で紡がれた言語で、僕はそうお礼を述べることしか出来ないけど。一瞬後、僕の首を離して10cmくらいの距離で涙で濡れた顔に微笑みを浮かべながら、少しはにかんだような表情で、目を閉じながらアルゼが再び接近してくる。
―この惑星で戦う、この惑星で生きる。
その、自然と湧き上がってきた決意を胸の底の底の方に据えると、何だか、たかだか13年しか生きていない自分の人生の枠の、例えるならジグソーパズルの「四つ角」が定まったような、そんな感じを受けている。
まあ、その一瞬後に自分の唇に感じた衝撃に、思考の全部は持っていかれたのだけれど。
―が。
往年のハリウッドばりの締め方と、気恥ずかしくもそう思えたんだけど、やはりというか、これは「終わり」では無かったわけで。
再び始まる。存在意義を賭けた生存競争。
「これ」は、当時の僕の心情をなるべく事細かに書き、一方でアクスウェルの方々からの伝聞と創作を交えて描いた「物語」だ。
「物語」は続いていた。そして17年後の今、また動き出そうとしている。
この「物語」から、君が何かを読み取って、生かしてくれたら幸いと願うよ。面と向かって話すことは、出来そうもないから。
―愛するアーヌへ。
ジン・ストラード拝
【(ハードスクラブル for the)ハイ×クロス×ブリ×ッダー
第10部:アルゼ=ロナ・ストラード 絶契の器】 完




