#124:脱身の、パウダーピンク
「え、えええとぉぉぉぉぉぉっ、僕まだここの言語に精通していないからか、今の言葉の意味意図が分からなかっていうか……」
のっぴきならない戦闘局面の真っただ中にいるというのに、僕の思考は唐突に出された状況を呑み込むことが出来ずに右往左往するばかりだ。アルゼは前面ディスプレイに映る敵―「骨鱗」の姿、挙動から目を切らずに、むー、というような唸り声を上げると、再び言葉を紡いだ。
「私のスーツを全部、脱がサセて欲しいの。背面に『脱着ボタン』があるのは知っテる? 左右ふたつあるそれを同時に押し込メばいいんだけど、私の手を今、離すわけにはいかないから」
幾分丁寧に言い直して、かみ砕くようにして告げてくれるんだけれど。そもそも今ここで「脱ぐ」という行為がですね、何というかよく分からないわけで……
「お願イ!! 早くしないと、せっかくのチャンス逃しちゃうカら!!」
でも切羽詰まった感あるアルゼの言葉に、とにかくそれに従うんだという意気が上がる。何より、戦場でアルゼが指示することだったら、聞くしかない。
「……い、いくよ?」
「うん……やさしく、シてね?」
何となくわざとっぽい感じの返事を肌で捉えつつも、僕はシートから浮かせたアルゼの全身に身に着けた紅いスーツの、腰骨の少し上あたりに見える薄黄色の二つの「ボタン」に両親指を乗せると、ゆっくりと同時にそれを押し込む。
んっ……という鼻にかかった声を上げるアルゼの華奢な体が、一瞬膨らんだような気がした。スーツは何らかの力で着る者に圧着するように出来ているらしく、それが今ので解除されたようだ。
ひと回り大きくなったスーツのうなじから背中にかけての部分もぱくりと割れ、そこから黒いブラトップしか着けていないアルゼの白く汗ばんだ背中が覗き、それと同時に甘い柑橘、みたいな視点が定まらなくなるような淡い香りが立ち昇ってくる。
「そのまま……左右に押し開イて……」
わざとそんな感じで言ってるよね? とは思うけど、それを問い質している時間は無い。僕はアルゼの肌に触れないように注意しながら、おっかなびっくりそのスーツの割れ目部分をゆっくりと両手で広げていく。意外なほどの硬さだったので、殊更にゆっくりと、馴染ませるように。
両肩が露わになってからは、片方ずつ腕を抜いてもらい、
「こここれ、しし下もぬぬ脱がせる?」
もはやどんな言語を口にしようとそんなしどろもどろになってしまう僕を誘うように頷くと、シートからその固く締まった(と思われる)お尻を少し浮かせて、お願イ……といま一度掠れた声で囁いてくるアルゼ。
自分でもこれほどまでに理性が保てているのが不思議なほどだったけど、完全なる不本意ながら、操縦席に座るアルゼの前方に回り込み、視界の邪魔にならないよう身を屈めると、スーツを腰から下へと抜き取るようにして脱がしていく。絶対に、直接アルゼには触れないように。しかしその「触れないこと」に注力しすぎて、スーツと肌との距離感を注視してしまっていたがために、紅スーツの下からいきなり現れた純白に、思わず目をやられそうになる。追い打ちをかけるように、先ほどの甘い柑橘香も先ほどとは比べ物にならないほどの濃さで僕の鼻腔から大脳に直で突き刺さるかのように展開してくる。
朦朧とする意識の中で、下着しかつけてないのね、この戦闘スーツ着る時って。それは凄く勉強になった、との滅裂な思考が脳内を巡る。そして女性って上下でお揃いになっていないのを身に着ける時もあるのね、との重要情報をも得る。いや、得ている場合じゃあない。
しかし、何とか仕事をやり終え、肩で息をするほどになっていた僕に、更なる次の指令が出されるのであった……
「ジンも……脱イで」
ええええええええぇぇぇぇぇぇぇっ!?




