#123:唐突の、ロマンチックモーブ
空中を埋め尽くすように舞い踊る「黒い羽根」を両手でかき分けながら、鋼鉄兵機の背中を追いかけるようにして走り出す僕。
「……」
いや、背中というよりは、彼我の体格差より、その膝裏を追いかけるような感じだけれど。そしてその少し上には、ぷらぷらと揺れ動く「しっぽ」があるわけで。踏みつぶされないように細心の注意を払いながら、「骨鱗」と結構な近距離で対峙しつつも、出方を探しあぐねているアルゼに向けて、ヘルメットに仕込まれたインカムから怒鳴るようにして声を発する。
「アルゼっ!! 僕を……ジェネシスに乗せてくれっ!!」
さしたる考えがあったわけじゃない。でも、それが、最適解のような、あやふやだけど確固たる思いが、僕の背中を押したわけで。「骨鱗」と向き合いながらも、ジェネシスは僕の言葉に応えるかのように、その二畳くらいはありそうな巨大な左掌を、地上の僕に向けてゆるゆると差し出してくれた。
若干、緊張しつつも、その金属の冷たい質感を持つ「掌」にしがみつく僕。アルゼの超絶操縦術が為せる、非常に人間的な、滑らかな動きでそれは中空を滑るようにして、鋼鉄兵機の背中へと回される。ちょうど人間でいうところの肩甲骨の間あたりに、コクピットへと繋がるハッチと、それを開くためのリング状の「把手」が見て取れた。身を乗り出し、全身の力を使って、そのリングを反時計回りに回すと、がこんとそれは上部から降りてくるようにして外側に開いていく。よし。
恐る恐るといった感じで、暗く開いた1m四方くらいの穴に、よいしょと頭から潜り込んでいく。闇の中に、明滅する計器やディスプレイの類が放つ色とりどりの光が浮かんでいるように見えた。その中央には背もたれが大きく張り出したシート。言うまでもない「操縦席」だ。
アルゼ……と、緊迫状況の邪魔にならないように、その背後から慎重に言葉を発する。と、シートの脇からアルゼのパイロットスーツに包まれた細く小さな腕が突き出され、こっちこっちと手招きされる。
ところどころ突き出しているレバー的なものに頭をぶつけないように注意しながら、僕はゆっくりとシートの傍らに到着した。フルフェイスのヘルメットのバイザーは引き上げられ、アルゼは真剣な顔を、正面のモニターに向けたままでいる。モニター越しには相変わらず余裕の静観の構えの「骨鱗」。
「……い、意味わかんないかも知れないけど、だけど、いきなり手から青白い『光力』が出た」
意味わかんない度合いは自覚してる以上にあるだろうとは思ったけど、アルゼは目線を正面から切らないまま、こくこくと頷いてくれた。そして、
「ジンのー、光力覚醒って感じかなー、私も『黄金』のがちょろっと出たトキあるんだよねー、あんまし覚えてないけど」
にこり、と引き込まれるような曇りのない笑み。こんな状況ながら、思わず僕はどきりとさせられてしまう。しかして。どきどきはそれだけにとどまらなかったわけで。
いきなり片手で自分のヘルメットを器用に脱ぎ置いたアルゼは、幾分上気した顔で、何故か普段より艶っぽく、こう言い放ったのである。
「……スーツ……脱がせて」
えええええっ!?




