#120:寂滅の、エコー
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鎖鎌のようでいて、そうでない。そもそも「鎌」に当たる部分は右腕に直結してるわけだし、回転させてその「鞭」の先を相手に投げつけぶつけていくスタイルなのだろうか、それは分からないけど。
とにかくアルゼの駆る鋼鉄兵機は、敵であるところの「骨鱗」と、5mは無いくらいの近距離で、右腕に付随した「得物」をぐるぐると回しながら対峙している。
「……!!」
全くの余裕の体で、黒い鱗をテカらせながら左手で「ストライド」の「銛」を受け止めていたそいつだったが、読めないタイミング、流れるような所作で「銛」を自分の右方向に受け流すと、いきなり空高く飛び上がった。
突然の行動に、周りの皆さんはおろか、アルゼまでも反応が取れなかったみたいだ。狙いをつけ直すために機体を微調整しているのが、背後にいる僕からは見て取れたけど、はっきり想定外だった、というような反応だ。
「……いいぞ、そんな『ストレス』!! 環境の変化、その外的因子をもってしなければ、淘汰……いや『進化』は始まらないッ!!」
「骨鱗」のダンディーな声が上空から降り落ちて来るけど。「進化」? いち個体が進化? 言ってる言葉の意味はよく分からなかったけど、こいつに僕の常識が通用する方がおかしいと思っていて間違いはない。
現に、その宙に舞った姿が徐々に変貌を遂げて始めていることが、遠目の僕にも見て取れた。
「!!」
「骨鱗」の、その全身を覆うような黒い鱗が、かぱりと開くかのようにして、身体に向けて垂直方向に「直立」していた。身体全部の鱗が。
その「鱗」たちの下に隠されていた部分……初めて見るところではあったけど、例のあの「黒い霧」のようなものがたなびきつつ覆っていたので、結局、何がそこにあるのかは分からなかった。と言うか、何故かそこに目の焦点が合わない。何でだ。
それよりも直立した「鱗」たちの動きの方が驚愕だった。一斉にブルブルと激しく振動したかと思うや、次の瞬間、「鱗」のひとつひとつが、黒い「羽毛」へと、変化していたのである。
「……」
もはや声も出ないのが現状だけれど、
<……だからどうしたァッ!!>
驚愕を噛み殺すかのように声を張り上げつつ、アルゼはジェネシスの右腕にジョイントした金属生命体の鞭状の体を、右腕を振り上げることによって、しならせつつ、上空の「骨鱗」に当てていこうとする。が、
「!!」
しかし相手は体を軽く捻っただけであっさりと交わしてしまう。空中でよくそんな器用に動けるな……いや、やっぱりその「鞭」じゃ制御難しいんじゃ……そんな思考をしている間に、「骨鱗」の体に再びの変化が。
「……」
両腕を勢いよく真一文字に伸ばしたかと思ったら、その腕からは羽のようなものが無数にいきなり張り出してくる。凄まじい勢いで。これはあれだ、もはや「翼」だ。
完全に「鳥」のような様態にシフトしてきた「骨鱗」に、こいつはこいつという個体の範疇で、ありえない速度で形質を変化させることができるんだ、との結論が僕の脳内で弾き出されてしまう。
それはつまり、弱点をどんどん克服されていってしまうということ、耐性をどんどん身に着けられていってしまうことに他ならない。打つ手は……あるのか。僕はアルゼの機体の後ろ姿を、ただ見守ることしか出来ない。