#114:骨肉の、レドグレイ
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場の混沌は収まる気配を見せない。
身体に触れると、そこから「力」を持っていかれてしまう黒い「羽根」は未だ中空を覆うように存在しており、下手な動きは取れない状態となっている。そして身動きせずとも、羽根は意思を持っているかのように舞い触れてくるわけで、その場にいるだけで矢継ぎ早に「力」を抜かれていってしまい、アクスウェルの面々は、あえなく青白い砂の上に倒れ伏していってしまう。
(ちょいとばかし……まずいかな、これは)
鋼鉄兵機のコクピットで、その様子を歯噛みしながら見ているのはパイロットの少女―アルゼ。兵機内部には「羽根」は今のところ進入して来てはいないものの、ジェネシス自体も触れている「羽根」から自らを動かすエネルギー「光力」を吸い取られていっているようで、予備のタンクも背負っているものの、その残量を示すゲージは先ほどから秒単位で目減りしていっている。
(いくらお代わり自由っていったって……限界はある。このまま静観していることが、得策とは思えない……)
アルゼの、戦闘時にだけ訪れる先読みがかった鋭敏な読みは、どうやら的を射ていそうなのであった。
(かといって……どう動けばいいの? 『羽根』を叩いたところでしょうがないだろうし、『本体』も姿を現してない……でもジンはお構いなしに動けてる……すごーい)
思考の只中に食い込んできたのは、他ならぬジンの姿だった。アルゼが理屈抜きで淡い好意を覚えているその少年は、視界を奪うほどの黒い羽根の中、素早く動き回っては動けなくなった兵を避難させているようだ。華奢で小さめな体躯のジンが、ごつい大人二人を両肩に抱えて駆けているのがコクピットの窓を通して見えた。
やっぱりジンってすごい……と、戦場真っただ中でもそんな思考に囚われてしまうアルゼではあったが、そこにさくりと金属音声が割って入ってくる。
<アルゼはん? あの『羽根』は『マ』の野郎の中でも、かなりの『上』の部類の気がしはりまっせ!! 間違いない、あれは……>
珍しく焦った口調の金属生命体―オミロの言葉に、むう、と可愛らしい顔を歪めて考えること……約1秒。
「奴……『骨鱗』……」
薄々は気づいていたけど、他人の口に上がると、やっぱ信憑性上がるーなどと、割と呑気に構え気味のアルゼではある。いや、それをも見越してはいたのかも知れないが。
<……何か慎重でっせ、奴はぁ!! こちらの戦力を削ってから、いよいよ登場みたいに考えてるんとちゃいます? こらまずい!!>
砂上でナマコのようにぷるぷるしていたオミロだったが、最後の力を振り絞ったか、そのスライム状の形態のまま、ぶおん、とアルゼのジェネシス向けて跳び上がってきた。そして、
「……」
何故そこまで息が合っているのかは分からないが、中空を浮遊してくるオミロの軟体的なボディに向けて、アルゼ駆るジェネシスは、左手に構えた巨大な注射器のような形態の「光力補充装置」の先端を差し入れ、一気に接触点から光力を流し込んでいく。
ヒギィィィィィィィッというようなオミロの正に金属を擦り合わせたような絶叫が響き渡ると共に、そのスライム状だったボディに一瞬、スパークが走る。
「……こうなったら、実力行使。オミロ、『ヤオヨロズィック=ショットガンモード』、スタンバイっ!!」
またしても出たその不穏感ありありの技名に、もはや抗うことは無駄・無理と承知したのか、諦めの境地の無言状態のまま、力だけは回復させられたオミロは、ジェネシスの右腕に空中で連結したのち、その形態を再びハリネズミ状へと変化させていく。