#109:螺線の、スレートグレー
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<下がれっアルゼ!!>
沈黙と静寂を切り断つように、指揮車の中からカァージが指示を出す。とは言え、彼女にもこの局面を打破する案は、取っ掛かりすら得られていない状態と見える。
辺りは遂に日没を過ぎ、暗闇が遥か高みからのしかかるようにして覆っていっている。すかさず起動させた「簡易照明」のような装置のおかげで、場は何とかお互いを視認できるほどには明るさを保てているものの、
「……」
相変わらずの能面のごとき「黒い鏡面」をこちらにただただ向けて来るだけの沈黙の「敵」に対し、遠距離/近距離どちらの攻撃もいなされてしまった今、
(打つ手が……)
もう無いのか、と思わずカァージは声に出してしまう。しかしその呟きを無線で拾ったかに思われるアルゼからは、力強い返答がなされるのであった。
「……『糸』のように跳ね返してきた挙動……そして斬撃の手ごたえの無さ……これらから導き出される答えはひとつ……」
戦闘中によく見受けられるアルゼのそんな超絶思考に、まさか掴んでいるのか? とカァージはもはや唖然とすることしか出来ない。
「『アレ』をやる。オミロ、準備を」
重々しい声でそう告げるアルゼ。「アレ」って何でスのん、ちゃんト言葉にシないと、伝ワるものモ伝わらナいんだかンねッ、という即座に返ってきた金属生命体の苦言じみた言葉はまったく意に介せず、機体の右手に携えた「長尺棒」を、ぐっと、その腕と一直線になるように構え、眼前の相手を指す。
「はてさて……相手は『八百万の神々』と見たら……オミロくんはいったいどうするかね?」
アルゼの口調がまた不穏に変わったのを受けて、先生ェ、僕にはわかリませぇん! と速攻でその場からの離脱を計ろうとするオミロだったが、自分の意思ではジェネシスの右腕から離れることは出来ないようで、逆手に持ち直された「棒」を、右手首をぐるりと回されながら、腕の下に密着させられるのを見るに至り、その金属の身体をガタガタと震わせ始める。
「八百万……相手が八百万であったのなら! こちらも八百万に爆散するまでよぉぉぉぉぉぉっ!!」
いい感じなのか、過剰なのか、ともかく気合いの乗ったいい声を放つと、アルゼは自ら操る人型兵機の、「棒」を添わせて前方へ真っすぐに突き出した右腕を、左手で支えるようなかたちで構えを取った。
「オミロっ!! 『ヤオヨロズィック=ショットガン=モード』スタンバイっ!!」
そう可愛らしくも凛々しく言うは言ったが、まったくもって誰にも伝わらない技名に、真意を悟った当事者オミロだけが、言葉の意味ハ良く分かラないけド、やな予感しかシないィィエヒィィ、と情けない声を上げるだけであった。
構わずアルゼは自らの「光力」をも、ジェネシスの右腕に「擬態」したオミロに注ぎ込んでいく。
「……八百万の砲台が……八百万の、敵を討つ……」
陶酔なのだろうか、アルゼはコクピットの中で透明なバイザーの下の幼い顔を狂気に染めていく。場の面々が誰ひとりとしてついて来れてない状況の中、上乗せするかたちで驚愕の光景が開示されていくのであった。
「……展開っ!!」
アルゼの掛け声と共に、水平に構えられたジェネシスの右腕(オミロ部分)が、まず真っ二つに割れ、その異様を感じる間もなく、それぞれがさらに、ふたつへ、ふたつへと、規則正しく細胞分裂のように分かれていく。
「……!!」
まるでけば立った筆のような、「糸」の束のような代物に変貌していくその様を、口を開けたまま見ているしかないジンを始め、アクスウェルの兵士たちも、見守る以外の行動を起こせてはいない。




